「構うな・・・」

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「あ、まただ。またいるよ、あの女!」 友人Sの体験だ。彼が学生時代、4人の友人と電車旅行をした。その帰り道の事である。 素っ頓狂な声を上げ、窓を指さしているのはSの友人のCだ。窓際に座った彼は 眼鏡をかけ直したり、自身のレンズを覗き込んでは、首を傾げ、 興奮した様子で騒いでいる。 「さっきから何言ってるんだよ?お前…」 Cと向かい側に座るTが自身の隣のSに目配せしながら、渋々声をかけた。 「何って、見えないのか?お前等?もう3回目だ。 岡谷にもいた。上諏訪にも、今は茅野だ。やっべぇな、絶対…全部おんなじ奴だよ。」 彼の話によると、電車の車窓風景に、こちらを指さす“女”が写るそうだ。 容姿は白のワンピースに黒の長髪。長い髪のせいで、顔は見えないが、それは田んぼの畦道、道路の端、民家の庭とあらゆる場所に全て同じ格好、同じ姿勢で立っているらしい。 勿論、S達には何も見えない。だが、元々この手の話が好きなCだ。こちらが 何も見えない事を伝えても、気にする様子もなく、窓を見つめながら、 喋り続ける。 「すっげぇな。次の駅を出たら4回目だ。あれは絶対、幽霊、いや、それとも 妖怪?とにかくすっげぇな!ハハッ!」 「もう構うな…」 興奮するCを静かに窘めたのは彼の隣に座るBだ。仲間内では一番の無口で 温厚な男だ。しかし、今日は珍しく、その顔に不快をハッキリと表している。 「何でだよ?B、これ絶対、テレビとかネットでやってる怪談だぜ?マジすげーよ。 次は写真を撮ってやる。そしたら、絶対、お前等も信じる。てか、お前、そーゆうの 得意系?」 「知らねぇよ…ただ、何度も同じ事が続くのは、普通に考えて絶対よくない。 だからあまり構うな。そうじゃないと女に気づかれるぞ?」 「ハッ…まぁ、いいや。了解、わーった、わーったよ!」 不機嫌そうなBの声に、帳尻を合わせるような返事をしたCは再び窓を見つめ直す。 何となく車内には重苦しい雰囲気が漂い、SもTも黙っていた。 やがて電車が次の駅で停車し、再び走り出す。Cがスマホを出して撮影準備を始める。 呆れたSが声をかけようとした時… 「あっ…うぇっ」 と言う不気味な声が響き、声の主のCが、窓からこちらに振り返った。 Cのかけた眼鏡の左右のレンズを繋ぐ、鼻にかかる部分が 中心から真っ二つに折れている。 「目が合った、目が合った…」 と震えながら、呟くCの隣でBが吐き捨てるように呟いた。 「だから、言っただろうが…」…(終)
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