11トーン

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私には大した切っ掛けも、自覚もなかったのだ。 サークルのイベントで声をかけてもらったり、皆で遊びに行った時の背中に見とれたり、そんなことを繰り返しているうちに憧れが募った。素敵だなと思ったが、彼女がいるのか訊く勇気すら持てなかった。見ているだけで良かった、声をかけてもらえるだけで良かった。自分のものにしたいとは思わなかった。 今思えばそれは、彼が誰のものでもないと信じていたからだ。 私の中の汐田さんは「1番好きな人」であって「特別」ではなかったから、ーー少なくともその時はそう思っていたから、余計に梨沙には言えなかった。親友としての梨沙が1番から外れたわけでもなかったのに、どうにも気まずかったのだ。 「汐田さんと付き合うことにした」 梨沙からの報告という恋に気付くには最悪のタイミングで、この気持ちは捨てなきゃいけなくなった。 汐田さんのどこが好きかと言われたら相変わらず不明瞭で、気を遣えるところとか、笑ったところとか、誰にでも当てはまりそうだ。そしてそれすら、好意の極致のように感じる。 ああ、全部好きだ。 汐田さんとやり取りしたメッセージと、梨沙とのそれを交互に眺めながら、恋が始まって終わった日を泣き尽くした。
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