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「ベッドには来てくれないのか?」
終わった途端に態度が変わる冷たい男だと思われただろうか。しかし俺はベッドで愛を囁く気にはなれなかった。
「奴隷根性が染み付いてるもんで、フカフカだと落ちてかないんでね」
「……、そういうものなのか」
納得はしたらしいが、手を離す素振りは見せない。俺は冷たい床に腰を下ろし、右手だけベッドに上げたまま縁に寄りかかった。そうしてアシームが寝入ってしまうのを待つ。
「マタル……、行く宛はあるのか?」
「まぁ、どうにかなりますよ。なんならシレッと城に戻ったってバレませんって」
「その……、私のところにいる気はないのか?」
俺は心底、背を向けていてよかったと感じた。どんな顔をすればいいのかわからない。アシームの近くにいられることを喜べばいいのか。それとも打ち明ける勇気もないこの想いを抱えなくてはいけないのか。
しかしこの先、俺を人間扱いしてくれるような奇特な人間に出会うことはないだろう。あの口付けの感触は、思い出にするにはあまりに辛すぎる。
「旦那は命の恩人だ。いてくれっていうのなら、いつまでも」
「その呼び方はやめてくれと……」
「それはベッドの中だけの話だろ? 朝になれば、俺はこの家の奴隷さ」
いつかそんな関係が崩れることがあるのだろうか。いや、そんな夢物語を願ったって仕方がない。俺は今、できる限りこの人に支えよう。そう誓うように、そっと手を握り返した。
完
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