アラビアン・ナイトに口吻を

2/12
54人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
 なぜ、俺は生きている? 「立てるか?」  衛兵の男は俺はの脇に手を入れ、力強く持ち上げる。頭を強く打ったせいか、それとも整理できないこの状況に混乱しているのか。俺の頭はうまく動いちゃくれない。衛兵のなすがまま、フラフラとどこかへ連れて行かれた。  たどり着いたのは、一軒のこじんまりとした家だった。その頃にはだいぶ落ち着き、俺は自分の足で歩いている。そして衛兵はその扉を開けると、俺を中へと招き入れた。  ランプを灯すと、ようやく俺は衛兵の顔をよく見ることができる。オレンジ色の光に照らされた肌は浅黒く、ハリがあって滑らかそうだった。歳は三十手前くらいだろうか。 「あちらに瓶がある。お湯は用意できないが、そのままでは気持ち悪いだろう?」  そう言われて、俺は自分の体を眺める。自慢じゃないが俺の白い肌が、血と泥であちこち汚れていた。  聞きたいことは色々あるが、まぁその前にお礼をしたってバチは当たるまい。なんせ、俺の命の恩人なのだから。 「じゃあ、失礼して」   俺はそう言って、衛兵の指差す扉をくぐっていった。すると確かに大きな瓶と、そのそばに手ぬぐいが置いてある。それは手ぬぐいを取ると、水に浸して体を拭いた。  下履きもとってしまうと、体全体を拭う。そうして最期に頭から水を被ると、乾いた布で全体を拭いて、それを腰に巻きつけて先程の部屋へと戻った。 「衛兵の旦那?」  そう呼びかければ、椅子に座ってテーブルに頭を抱えている衛兵が頭を上げた。そうして俺の方を見ると、慌てて目を逸らす。どうやら俺の体はお気に召したらしい。 「なにか、着るものを……」  そう言って立ち上がろうとするのを、俺は肩を押し付けて椅子に戻す。目のやり場に困ったのか、衛兵はキュッと目を瞑ってしまった。 「俺の名前はマタル。旦那は?」 「私は、アシームだ」 「アシーム、いい名前だ」  俺はそう言ってアシームの頬に手をやると、そこは燃えるように熱かった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!