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アラビアン・ナイトに口吻を
噎せ返るような生臭い匂いと、頬を軽く打たれる衝撃で俺は目を覚ました。首はズキズキと痛み、身体の下は冷たくも柔らかい。そんな場所に俺は横たわっていた。
「おい、おい……」
辺りは暗く、光源といえば月の光だけ。それも切った爪のように細い月じゃあ、大して役割を果たしゃしない。それでもここが、見慣れた奴隷部屋でないことだけはわかった。
そしてしきりに俺の顔を覗き込むこの男。ガッシリと体格はよく、それに似合わぬ柔らかい声をしている。暗くて顔は見えないが、どうやら悪い奴じゃあなさそうだ。
「あ……、うっ……」
「大丈夫か?」
「首が痛え……」
男はゆっくりと俺を抱き起こすと、ようやくその顔に月明かりが当たる。俺はその目に、見覚えがあった。
物静かで実直そうな影に隠れる、仄暗い欲望を灯した瞳。
青白いそれが照らし出した顔は、ついさっき見たものだったことを思い出す。それにつられて、半日ほど前の出来事が頭の中で再生された。
それはよくある、この国の最高権力者の妻であるお妃様の悪いお遊びだった。王様が遠出をなさると、昼間っから庭に俺達奴隷を集めてパーティーをおっ始める。
その奴隷の一人として俺が呼ばれたわけだが、今回はどうやら仕組まれていたものらしい。遠出というのは実は嘘で、妻の乱痴気ぶりを影で王様が見ていたんだと。それでもうカンカン。
「殺せ!」
俺達奴隷まで手に掛けようってこった。その時俺の首筋に刀を向けていたのが、衛兵であるこの男だったというわけ。
その時俺は、若い男の髪を掴んでた。それを引き剥がされ、若い方は別の衛兵に刃を向けられる。その時にチラッと、衛兵の顔を見上げてみたんだ。その目を見て、俺たちは同類だと、正確に言えば対になる存在だと直感したってわけ。
そんなことを告げる間もなく、俺はその男に刀で切られた。はずだったのに……。
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