火事→家出

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火事→家出

白煙の渦巻く中、両腕を掲げてクルクルまわり 「どうしよう!」と叫ぶ中年太りのおじさんをみて、 無数の小さな蟲がうわっと喉元を這い上がりゾッとした。 まるで赤塚不二夫のギャグ漫画。  ――もう、無理だ……。   駅前のファミレスでハンバーグやエビフライ、グラタンと 三人前ほどありそうな高カロリーメニューが豪快に鉄板に載っかった 『わんぱく大盛り定食』をガツガツと頬張る僕を、 兄のような眼差しで眺めながら同い年の二十八歳の友人、 緋村孝介は優雅にブラックコーヒーを啜る。 「ストレス多い子は大食いになるって本当なんだね」  ぐふっと喉を詰めると孝介が氷の浮いた水のグラスを差し出してくれる。 それを一気に煽り勢いよくテーブルに置いて 濡れた口元を手の甲で拭った。 「食べなきゃやってらんない。 絶叫が聞こえたから見に行ったら電子レンジから炎があがって 家中が煙だらけだよ? なのに火消しも換気もしないでただ叫んでクルクルまわって! 慌てて僕が消火したからボヤで済んだけど 危うく大火事で死ぬところだよ!」  あなたがまわるんじゃなくて換気扇をまわせ!と 愚痴る僕を孝介は腕組みをしながら「大変だったね」と労う。 「三上さんのところにはもう戻らないの?」  僕は持参してきたスーツケースを見やった。 「……戻らない。戸籍も抜く」 「入籍前に知らせてくれれば俺は絶対反対したのに。 事後報告じゃあどうしようもない」 「それは、言わない約束でしょ」 「そんな約束してないけど」  クスクスと笑われて不貞腐れながら孝介を見つつ 僕はフォークに刺さったハンバーグを口に運んだ。  腕組みする彼の左手首には実業家や芸能人御用達の 何十万もする高級腕時計が光っている。 「僕なんて近所の雑貨屋のなのに……」  彼が身を乗り出し「ん?」と聞き返してくる。 己を卑下するようであまり言いたくはなかったが ストレスを吐き出すように僕は声を張る。 「同じ美大出身で同期で同じ画家なのに!なんでこんなに違うの!」 エビフライをザクッとフォークで突き刺しながら てんでお門違いの苦情を彼にぶつけた。 「ジャンルも同じシュルレアリスム。 なのに孝介は在学中に絵画コンクールで大賞をとって順風満帆。売れっ子アーティスト!僕だって毎日毎日勉強して絵を描いているのに コンクールはいつも予選落ち!「個性的だけどワガママ」とか「甘い」とか酷評されてばっか!収入だってほとんどゼロ。 こんなんじゃ画家じゃない! いま僕が犯罪起こせば確実に『自称画家』って報道される!」 「報道のされ方以前に犯罪起こしちゃだめ」  冷静に一蹴されて鉛のような息を吐きながら 僕はガクリと肩を落として俯いた。
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