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ばあちゃーん! どうしよう。私、東京に来て初めて誘ってもらってるよぉ〜。仕事以外で男の人と話すのも初めてだけど。もちろんあのスクランブル交差点でのことがあるから初めてじゃないけど。同じ人だけど。
ばあちゃーん、多分オオカミじゃないと思うよ、モヒカンタロウは。だから誘ってもらってるの「うん」って言っていいよね? モヒカンタロウとライブに行っていいよね? 狼じゃないから、牛だから。
「東京の男はみんな狼」
そう言ったときのばあちゃんの顔が前頭葉全部占めてる感じだけど、いいよね? 牛だから。
かなり舞い上がってしまったけれど、私はゆっくりと頷きながら
「はい、よろしくお願いします」
と言って上目遣いにモヒカンタロウを見た。
「マジ? やったぁ! チケットあるから安心して! 俺、ガキんとき、ちょっとあの人たちのローディーしたことあんの! まだあの人たちがアマチュアだった頃な。すげえだろ? だから陸さんから回してもらったんだ、彼女と来いよって。ベースの陸さんだよ。俺もベースなんだ、陸さんに憧れて始めたんだ。ペットお水ちゃんは誰が好き?」
モヒカンタロウは、なんだか興奮して早口でたくさんのことを言った。耳から入ってくる言葉に脳がついていけない。誰って言われても……
「フランケン・・」
下を向いて言った。
そもそも知らないもん。そこから先さえ忘れたもん。
だいたい音楽ってそんなに聞かないし、わからない。だからベースの陸さんがどんな偉い人かも知らないし、誰が好きって誰がいるかも知らないよ。
「あっ、バンドとしてって感じ? 音楽性好きとか。ホンモノだねぇ!」
ニセモノだよ、正真正銘。
モヒカンタロウの有難い誤解が、ちょっと悲しくなる。でも時間あるなら勉強する。動画サイトでフランケンシュタインいっぱい聴いて。
「でもペットお水ちゃんのタイプで、パンクそこまで好きって意外だなあ。ギグとかどこのハコ行く?」
ギグ? ギクッ? なにそれ。箱? そんな大きな人が入るほどの箱に入って運ばれるのか?
質問に答えられない、日本語に聞こえない。牛語か?
なんて答えればいいのかわからなくなって、
「ミノリです。佐藤実です」
とりあえず、自己紹介をする。
モヒカンタロウは、ハッとした顔をした。
「ごめん! ライブに誘いながら名前も知らずに! ペットお水ちゃんなんて失礼だよね。ミノリちゃんね、どんな字、書くの?」
モヒカンタロウは焦っていた。真剣にごめんって言った。『ペットお水』と『モヒカンタロウ』はどっちが失礼だろう?
「人偏に左の佐に、藤の花の藤です。ミノリは実際の実です。一字でミノリです」
空中に指で文字を書く。
「佐藤実ちゃん、俺は飯田譲。メシに田んぼの田に・・お年寄りに席を譲りましょうの譲。ユズルが本名だけどバンドではジョーって言われてる。好きに呼んでくれていいよ」
ニカッと笑って右手を出してくれた。握手だよね? 小学校のフォークダンス以来、初めて男性に触れるんじゃないかな。
うちの会社は小さいイジメはあるけどセクハラないし、うちの課は全員女性だし。東京に来てからは間違いなく初めて。
ばーちゃんの顔がまた過ぎった。でも右手を出した。ぎゅっと握られてドキドキしながら、モヒカンタロウはダメだよね?って思っていた。
「じゃ、じゃあ、ユズルさんでいいですか?」
恐々聞くと、
「うん、ミノリちゃん! よろしく!」
と、モヒカンタロウは握手した手をブンと一回振った。あっ、ユズルさんだった。
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