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日曜日、目覚めたとき左手にスマホを持っていた。画面は暗くなっている。慌てて認証コードを入れるとLINEの画面が出てきた。
一度閉じて、もう一度開いた。
昨夜、何度も書き直しながらモヒカンタロウに送ったメッセージに既読がついていた。でも返事はない。
ちゃんと本当のことを書いた。あの場で言えなかったことを謝った。
ベッドに寝転んだまま、悲しくなってくる。でも仕方ないね、知ったかぶりをしたのは私だから。知らないってひとこと言えばよかったのに。
ライブに誘ってもらったことが嬉しくて、親切にしてもらったことが嬉しくて、珈琲を奢ってもらったことが嬉しくて、名前を教えてもらったことが嬉しくて、ミノリちゃんって言ってもらったことが嬉しくて、嘘をついてしまった。何にも言ってないけど本当のことも言わなかった。そんな私は『フランケンさん』たちみたいに、友達を大切にしようとしていない。
私のこと、モヒカン・・ユズルさんはきっと呆れてるんだ。怒ってるかもしれない。だから返事ないんだ。
嘘つきな自分を後悔しながらちょっと涙が出そうになったのを、ベッドから起きてポンっと腿を叩いて我慢した。
仕方ない。ライブの話はなしって言われたら悲しいけど、でも私は勉強しよう。『フランケンさん』たちの音楽。聴いたことのないパンクロックってのを!
顔を洗って冷凍してたおにぎりの朝ごはんを食べた。
「さあ!」
と気合いを入れてから動画サイト検索!
はっきりと名前もわかったのに、その名前を入れても動画サイトには何も出てこない。誰かが録ったブレブレのライブの動画とかさえもない。音楽関係ではそういうのよくあるのに『Franken's lover's soul(フランケン・ラヴァーズ・ソウル)』に関するものは何もない。
気を取り直して、音楽配信サービスを開いた。そこにも一曲もない。
もしかしたら夢だったのかもしれない。あのスクランブル交差点でモヒカンタロウに助けてもらったことも、〈cafe MIYABI〉も、飯田太郎って名前も。私の地元シックが見せた長い長い夢……。
ちょっと泣きそう。東京に来てから「淋しい」なんて気持ち言葉にしなかった。言葉にしたらそんな気持ちに飲み込まれてしまって、もう頑張ることができなくなると思っていたから。でもずっと淋しかった。
いつまで経っても慣れない職場、慣れない仕事、慣れない言葉。心の底から笑えない日々。スクランブル交差点で脳内に入ってきた誰かの『無』が、私の脳の中にこっそり巣食っているのかもしれない。そんなことを考えてしまった。
じーちゃん、ばーちゃん、元気かなあ。じーちゃん、腰大丈夫かなあ。
『お年寄りに席を譲りましょうの、譲』
じーちゃんの腰痛を思ったとき、ふいにそんな声を思い出した。
そうだよ! モヒカンタロウは、飯田太郎さんじゃなかった、飯田譲さん。
『飯に田んぼの田、お年寄りに席を譲りましょうの譲』
『渡りきれ!』
『ペットお水ってウケる』
モヒカンユズルさんに貰った声がなんだか大きく心の中で響いた。
譲さんは夢じゃない! モヒカンタロウは夢みたいな存在だったけど、モヒカンユズルさんは現実!
握手した右手を握りしめてから開いて見つめる。温かさが蘇ってくる気がする。
〈MIYABI〉に行こう。謝るならLINEなんかじゃなくて、ちゃんと顔を見てごめんなさいって言わなきゃ。ちゃんと目を見て謝らなきゃ! それが正しい「ごめんなさい」だ!
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