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Ⅱ
帰社するのがまた遅くなって、ラストミーティングに遅れてしまった。
ミーティングのあと、リーダーの川野さんに、
「また調子悪くなったの?」
と言われた。優しさなのか呆れているのかはよくわからない。
「すいません」
そう言って項垂れた。
「人混みダメなのは実際見てるからサボってるとは思わないけど、そろそろ慣れてよね」
溜息混じりに言われてしまった。
「すいません」
やっぱりそうとしか言えない。
「もう半年になるし、それほど田舎でもないでしょ? 支社あった場所だって。まあまあ都会だったじゃない」
川野リーダーの言う通り、緑豊かな山村から上京したわけではない。支社には地下鉄で通っていた。ラッシュの時間は絶対避けて、7時半には会社に着いていたけど。
東京の人混みが苦手なんじゃなくて、私は人混みが苦手なんだ。
お持ち帰りの牛丼を買って家に帰る。お店で食べたら帰りの電車が混むことはこの半年間でわかった。
バッグの中からペットボトルを出した。
ペットお水、なんでそんな言葉出てきたんだろう。怖かったのかな、モヒカンの牛。でも優しかった。スクランブル交差点、渡らせてくれて、お水くれて。
唇から耳にかかってたチェーン、こんなに人がいる街の中で、引っかかったりしないのかな。何かに引っかかってしまったことを想像しただけで痛くて涙出そうって、出ちゃった。
想像で痛くなったんじゃない。牛舎の牛を思い出した。タロウってみんなで勝手に呼んでた牛。みんな元気かな、友達もあの牛たちも。
山の傾斜地ではあったけれど住宅街の外れに、どうしてあんな牛舎があったのか知らない。畜産に相応しい場所でもないのに数頭の牛がいた。
小学生の頃、時々みんなで見に行って勝手にタロウ、イチロー、ジロー、サブローと呼んでいた。雄か雌かもわからなかったけど。
モヒカンタロウ、優しかったな。ちゃんとお礼も言えなかったけど。お金も渡せなかったし。
手を合わせて
「ごちそうさまでした」
と言った声が、ひとりの部屋に響く。
とにかく、スクランブル交差点を通らずに担当店に行くルートを考えないと。遠回りになっても。
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