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MA(マーケティングアドバイザー)という私の仕事は、クライアントの製品を少しでも多く各店舗に売ってもらうために、陳列を考えて提案したりPOPを作ったり、販売数の調査をしたり、時には実演販売もする。担当店舗を与えられて、自分たちで訪問スケジュールをたててアポイントを取る。
私はこの仕事に就きたかったわけではない。
地元を離れたくなかった。だから地元の支社勤務を希望した。MAセクションならば地元配属が約束されたから、その仕事に就くことにしたのに。
半年前、地元の支社が閉鎖されることになり、私たちは転職か転勤を余儀なくされた。先輩の中には転職を選んで地元に残った人もいる。でも超就職難だった私の同期は全員、転勤を選んだ。
128社落ちた。自分の存在が誰にも求められていないんだと痛感した。同級生の中にはそのまま引きこもってしまっている子もいる。自分が社会から完全に否定された、私だってそう思っていた。
だから129社目の今の会社は、拾ってくれた神だった。
支社は和気藹々としていた。仕事を教えてくれた先輩も就職難を体験していたから、二人で「いい会社に入れて良かったね」って、よく話していたんだ。
支社が閉じることが決まったとき、支社長は単身赴任を選んで日本の北の方に行き、課長は退職して家業を継がれた。いろいろ教えてくれた先輩は一番ハッピーな寿退職だった。
二度と就職活動をしたくなかった。もう二度と存在を否定される体験を重ねたくなかった。だから渋々、転勤を承諾した。まさか東京本社配属になるとは思ってなかったけど。
地元を離れることを告げに行ったとき、じいちゃんは
「東京は『生き馬の目を抜く』と言われとるからなあ」
と淋しがり、ばあちゃんは
「都会の男は全員オオカミじゃからな、結婚相手は地元で見つけな。見合いの準備しとくけん」
と言っていた。恋愛もしたことないのに見合いって。
お母さんは、もう少し的確なことを不安がってくれた。
「実は人混みあかんで大丈夫か? 東京はえらい人が多いやんね、日本の首都やから」と。
お母さん、ほんまに人が多いよ。スクランブル交差点なんか、わけわからんよ。あっちからもそっちからもこっちからも、いきなり人が突進してくるねん。しかも誰もぶつからんと歩きはるねん。ぶつかる私がおかしいから、みんな怒りはるねん。
みんな違うこと考えて、違うこと考えてんのにぶつからんと。
あそこにあの人の数だけ思考があって、それがみんなあの場所にいきなり集まってきて、いろんな思考がぐちゃぐちゃになって、私の脳の中に飛び込んでくる。
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