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目の前の男性は、私よりも長い髪を後ろにひとつに括っている。耳と唇の危険なチェーンもないし、白いシャツを着ている。そして黒いカフェエプロン。
「あっ、オレオレ!」
その人は括っていた髪のゴムを外して、髪を纏めて上げた。地肌が見えてモヒカンの形になった。
「仕事中は下ろしてるからな」
モヒカンではないモヒカンタロウは、そう言ってニカッと笑った。
「そ、そのせつはありがとうございました」
間違いなくモヒカンタロウであることに嬉しくなっている。
「今日は大丈夫か? まあ、顔色もそんな悪くねえな」
彼はそう言って、髪を括り直した。
「俺、ここで働いてんの」
モヒカンタロウが振り返った先には小さなカフェ。
「また遊びに来てよ、じゃね」
モヒカンタロウはそう言って、あっさりと店の中に入っていった。
少しがっかりして、でも凄く嬉しかった。
モヒカンタロウの居場所がわかった! こんな凄い偶然!
でもそんなこともないのかな。あのスクランブル交差点を使っているんだから、モヒカンタロウも。
それに、私がこんなに嬉しいのに彼はそうでもなさそうだった。
まあ、あたりまえか。今までだってモテたことなんかないし、だいたい恋愛経験もないんだから。東京の不良にとったら、ただのほんの通りすがりなんだから。
がっかりした気持ちが大切なことを思い出させる。
ラストミーティング! ストップウォッチ!
モヒカンタロウが入って行ったカフェを見た。
〈cafe MIYABI〉
田舎の喫茶店みたいな名前で入口は小さい。中はどうなっているんだろう? 一人で来ても大丈夫かな?
小さな窓からこっそり中を覗いてみる。見えない。
ラストミーティングにまた遅れる。後ろ髪を思いっきり引かれながら、その場所を離れた。
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