51人が本棚に入れています
本棚に追加
Ⅳ
土曜日、東京に来て初めて休みの日にこの街に来た。平日とは違う感じの人混み。スクランブル交差点を渡る人々の色も華やかで、人波が流れるスピードも少しゆっくりな気がする。
でもやっぱりここは渡らず、遠回りをした。どうせあのお店は遠回りのルートにあるんだから。
〈cafe MIYABI〉は営業中。小さな入口のドアの横には、これまた小さな黒板に『Saturday launch ハンバーグ』と書いてあって、その横にイラストがある。もしかしたらモヒカンタロウが描いたのかもしれない。
ヨッシ!と気合を入れてドアを引いた。
奥行きがある細長い店内。一番奥にカウンターがある。そこに、いた! モヒカンじゃないモヒカンタロウ!
右手と右足が一緒に出てしまった。とりあえず、窓際の席に座る。
「いらっしゃい。ペットお水ちゃん」
モヒカンタロウは、そう言って私の前にお水を置いてくれた。
「今日はグラスね」
そう言ってニカッと笑った。モヒカンじゃないモヒカンタロウは、不良には見えなかったけど、唇の横がキラリと光った。チェーンを繋ぐ穴を塞いでるんだ。だけど鼻輪はなかった。
「ご注文は?」
唇のキラキラを見つめていたら、トレイを持った彼に言われた。
「こ、こんにちは。ラ、ランチをください!」
思いっきり力入っちゃったよ。
「お連れ様は?」
お連れ様なんかいないよ! 誰か見えるのかモヒカンタロウ?!
「ひっひとりですよね?」
キョロキョロした私を見て
「いや、デートとか待ち合わせかと思って。この間と随分、ファッション違うし」
そう言って笑った。
座敷童でもついて来たのかと思ったよ。
〈cafe MIYABI〉のハンバーグランチは美味しかった。
食べ終わってもう帰るしかなくなったとき、私の前の椅子を誰かがガタっといわせた。
「へっ?」
っと変な声を出してそちらを見ると、モヒカンタロウ。髪が正しいモヒカンになっている。
「来てくれてありがとう。お礼になんか奢ろう」
そう言ってメニューを見せてくれる。
「なにする?」
もう白いシャツじゃなくて、舌を出したでっかい口のイラストのTシャツ。モヒカンだけど、唇にはキラキラがついているままでチェーンはなかった。痛い思いをしたのかもしれない。しかし、一瞬の変身。
最初のコメントを投稿しよう!