窓のない部屋へ

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窓のない部屋へ

「この人……」 新米看護師がカルテを捲りながら小さく呟く。 「ああ、この方ね。気の毒よね」 横から先輩看護師が覗き込んで言った。 「昔、幼い娘さんを亡くされてね。その時は気丈に生活されて、それから二人の息子さんを産んで育て上げたのよ。6年前から若年性アルツハイマーでどんどん記憶が抜け落ちて、ついに症状が進んで一年ほど前から入院しているの」 「そう、なん、ですね……」 呻き声や怒号、泣き声が響いてくる。 まだ看護師として現場に入って三日の。この看護師はまだ慣れないようだ。 居心地悪そうに目を伏せた。 「あれぇ?」 若い看護師は、ベテラン看護師の声でナースステーションの外に視線を移す。 「面会? 珍しいわねぇ」 他の看護師の案内で、病棟内を歩く一人の女性。 「しかもあの病室の方ね」 女性が歩く方向には1つの病室しかない。 「あ、この人の……」 先程捲ったカルテを撫でる。 ぞわり、と背中のうぶ毛を撫で上げられるような感覚が走った。 「……あ。ご家族、ですかね」 「そんな訳ないわよぉ」 先輩看護師が、肉付きの良い肩を思い切り竦めて言う。 「入院手続きしてから、息子さん達も旦那さんも一度も顔出して来ないわよぉ」 「……そう、ですか」 彼女はカルテを棚に戻した。
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