第1章 出会い

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第1章 出会い

「あの……。私,病気なんです……」 「え……? なんの病気なんですか?」 「あの…私,性欲が強くて……すごくセックスが好きなんです。でも……1人の(ひと)では満足できないんです……あの……大勢の男の人に責められないと満足できないんです……」  最近では『マッチングアプリ』と呼ばれるようになったが,ほんの少し前までは『出会い系サイト』という名称が一般的で,この出会い系サイトを利用して身体目的で出会う女には,こういったアピールをしてくるタイプは少なくなかった。  最初に病気と聞いた瞬間は性病か精神的な病かと疑ったが,複数プレイなどの詳細な性癖をアピールする女は黙って話を聞くだけで満足することが多かった。ある意味,精神疾患の一種かと思うのだが,金銭を要求されることなく身体のみの関係を求める俺にしてみれば,精神疾患だろうが相手が身体的に健康な女であればどうでもよいことだった。  そして大抵の場合,この手の女は身体を許すまではプライドが高く面倒臭いが,ある程度話を聞いて同意してやるとすぐにラブホテルに直行したがるうえに後腐れもなく便利なことが多かった。  出会い系サイトにはこういった女は驚くほど多く,これまで何人もの同じような女と出会ってきたが,ほとんどの女が承認欲求の塊で,ただ黙って話を聞いてやり,すべてを肯定し同意するだけでよかった。しかも,こういった女達は驚くほど金がかからず,性処理の相手としては最高でもあった。 「あの……私……大勢の男性に虐められるようなのが好きで……それが原因で主人を失ったんです……」 「そうなんですか。まぁ,珍しくはないですよ。僕もそういった女性を何人か知ってますよ」  「主人を失った」と聞いて,バツがついているのを初めて知ったが,既婚者と違って時間の都合がつきやすいのと,バツがついているくらいのほうが経験もあってなにかと便利な女が多かった。既婚者もしくはシングルマザーは,会える時間も場所も限られているうえに身体に痕が残るのを嫌い,出会い系サイトで会ってもつまらないセックスしかできなかった。もし子供がいるとなると話は別だが,女が話したければ話すだろうと思い,気になることは幾つもあったが,なにも言わずに黙って話を聞いていた。 「あの……大勢っていっても,同時に複数の男性を相手するとこなんです……」  こうやって人数を強調してくるのも,このタイプにありがちなよくあるパターンだった。自分は変態で,その変態プレイをどこまで受け入れられるのか,大抵の場合は本人にその気はなくても出会い系サイトで出会った男をそうやって無意識に試しているように思えた。 「実際に経験もあるんですね」 「はい……」  セックスを目的とした出会い系サイトでは,プレイの一環としてパートナーの男に命令されて,パートナーが指定する男に実際に会って色々してから,それをネタに自分たちのセックスを楽しむカップルもいた。女は嫌そうな素振りを見せることもあったが,完全にプレイの一環として割り切り,ほとんどの場合はパートナーの男に指示された相手と寝るのを拒むことはなかった。 「なるほど。まぁ,カップル喫茶やハプニング・バー,それにそういった愛好家のサイトもたくさんありますからね……」  目の前で申し訳なさそうにしている松浦結菜(まつうらゆいな)は俯いたまま反応はなかったが,この一連の流れは俺を試しているのだろうと想像できた。次にどんなプレイが好きか,いちいち細かいことを話すだろうと思い,結菜の細長い指と綺麗にネイルされた爪を眺めながら冷めたコーヒーを口に運んだ。  結菜は俯いたまま口を閉ざした。その長い(まつげ)がやけに色っぽく,整った顎のラインが異様な美しさを感じさせた。俺は平静を装い,テーブルに置かれたコーヒーを再びゆっくりと飲んだ。  この古い喫茶店は建て付けが悪いのか,通りの雑踏をそのまま店内に持ち込んだかのように賑やかで,隣のテーブルの会話も聞こえないほど騒がしかった。それが気に入っていて,出会い系サイトで会う女をよくこの店に連れてきた。髪の毛の間から覗き込むようにして俺の様子を覗う結菜と目があった。 「私,昔から1度に数人の男性に玩具のように扱われるのが好きなんですが……好きでもない気持ちの悪い男に無理矢理されちゃうとか,そうゆうのじゃないと感じないんです」 「なるほど……」  完全にいつものパターンだった。複数の男に玩具のように扱われ,汚されるのが好きだとアピールして相手の男の反応を試す女にこれまで何人も会ってきた。いつもと違うのは結菜が驚くほど美形で,出会い系サイトでは滅多に会うことのないタイプだった。  とくにこういった美形の女には,バックに男がいるんじゃないかと疑った。実際に男がいない場合は,その多くが願望をほんの少しだけ実現したことで,自分はいかにも多くの経験をしているが,その話や体験談を聞いても退かずに乗ってくる男がいないか,自分の欲求をさらに満たすことができる相手なのかを試しているのだろうと感じた。 「主人には悪いと思っていたんですが,主人の同僚達とも関係をもちました…」 「そうですか。よく聞く話ですよ。ご主人の同僚や友達ってのは」 「はい。主人の同僚3人と同時に関係をもち,次から次へと抱かれ,弄ばれ,頭が真っ白になるまで感じてしまっていたんです」  結菜の話は辻褄が合っていた。いま話始めたことは,ネットでやり取りをし始めたころに何度となく聞いた話と同じだった。ただ最初のころは,ただの願望だと思って話半分で聞いていた。話が進んでも内容にズレもなく,それが原因で夫を失ったというのは離婚理由としても納得できた。  しかし,どこまでが本気でどこからが作り話か理解しにくい雰囲気があった。俺を試しているだけなのか,それとも本気で自分を徹底的にいたぶって欲求を満たしてくれる男を探しているのか,言葉の端々に結菜がなにかを隠しているようにも感じていた。 「主人の同僚だったのがいけなかったんです。しばらくして,私達の行為は会社の人達の間で噂されるようになって。結果としては別のところからですが,主人の耳にも入ってしまったんです……」 「どうして,ご主人の同僚だといけなかったんですか?」  結菜は,少し考えるような素振りを見せてからゆっくりと話し始めた。 「私,高校2年生のときから主人と付き合っていました。私の周りにいる男性は主人の友達が多くて,高校のときも主人の友達と……何人かと関係をもっていました……」 「そうなんですか」 「主人は,私を愛してくれました。でも,どうしても他の男性に誘われると断れなくて……。あの……私,高校生のときにレイプされたんです。同じクラスの男子だったんですが,そのとき3人に襲われました。最初は嫌だったんだけど,それがすごくよくて……それ以来複数の男性に抱かれることで満足するようになってしまって……」 「なるほど」 「主人には言えなかったけど,主人の友達ならトラブルにならないだろうし……きっと口も堅いしお互いに求めるものが同じだったので……大丈夫だろうと……それに……」  結菜が,どこまで本当のことを話しているのか判断するのが難しかった。たとえ嘘をついていなくても,たんに自分の願望を話しているだけの可能性もあった。そして俺の反応を見て満足しているだけということも考えられた。 「ご主人とはそういった話をしなかったんですか?」 「え? どの話ですか?」 「結菜さんの性癖です」 「あ,私からは言えませんでした。主人は真面目な性格だし,几帳面というか潔癖というか……主人とのセックスは普通と言うか,いつも同じでしたので……」 「そうですか」 「私は,子供のころから自分は変態なんだって思ってて……」 「子供のころからですか?」 「私,初対面の人にメチャメチャにされたりするのが好きなんです……。絶対にモテないような太った人とか,体臭のきつい人とか,いやらしい老人とか,乱暴な人に無理矢理いろいろなことをさせられたり……命令されたり……」  これまで出会い系サイトで会った女で,ここまでしつこく自分の性癖を細かく説明してくる女は,相手の反応を楽しみ,相手をコントロールしたいといった支配欲を現していることが多かった。こういった女は,一度関係をもつとストーカーのように連絡をしてくるか,驚くほどあっさりと呼び出したときだけ素直に出てくる便利な女のどっちかだった。  結菜の場合は相手をコントロールしようとはせず,自分の性癖を第3者に一方的に話すことで性的欲求を満たしているようにも感じられた。実際,俺の応えなど待たずに話を進めることが多かった。 「あの……悠人(ゆうと)さんは……こんな私をおかしいって思わないんですか?」 「いろいろな人がいますからね。とくにこういった出会い系サイトで出会う相手の性癖で批判的な判断することはありませんよ。お互いに求めていることは同じでしょうから……」 「でも……常識で考えても,女が複数の男達に乱暴にされて喜ぶなんて変じゃないですか?」 「なにが常識かは,人それぞれですから。それに,そういった願望をもっている人は,男性でも女性でもいます。アダルトビデオだって,そういったカテゴリーがありますし。ただ,それを私生活で実行しているか,していないかの違いじゃないでしょうか」 「そう……でも私はずっと主人を裏切り続けていました……主人の同僚に抱かれているときも主人のことを考えたり……ときには相手の男性に主人の名前を口に出すように強要されて……」  俺は結菜よりも,すべてを知ったときの旦那の精神的ショックがどれほどのものか気になった。旦那はこの女を愛していたのだろうか,自分の女房が友達や同僚に抱かれていることを知ったとき,なにを感じ,どう思ったのか,不特定多数の男に抱かれることを望み,出会い系サイトを利用する女房をどう思っていたのか,なぜかそっちが気になってしかたなかった。 「あの……私……。こんな話ばかりして,すみません……」 「いえ,いいですよ。話したいことは,なんでも話して。僕もそういう話を聞くのは嫌いじゃないですから」 「あなたは……悠人さんは,私みたいな女は汚いと思いますか?」 「汚いと言いますと?」 「学生のころから,彼氏がいるのに他の男達に抱かれ,結婚してからもたくさんの男達に抱かれました。相手が誰であれ,断りませんでした……男達が主人の友達であったり,同僚でも……」  決して表情や言葉に出さなかったが,自分が結菜の旦那の立場になったと考えるといたたまれなくなった。こういった女に引っかかった男は可哀想だと思いつつ,結菜の妖艶な美しさと素晴らしい身体のラインを眺めていた。 「そうですね。人それぞれの価値観があるので,僕にはなんとも言えません。ただ,僕もいろんな女性に会いたくて,こういったサイトを利用してるので……」 「そう言うと思ってました」  結菜は,悪戯が見つかってしまった子供のようにはにかんだ。 「え?」  一瞬,結菜に心の中を覗かれたような気がして動揺した。いつの間にか俺はコントロールされ始めていたのではないかと不安になり,結菜の目を見て黙ってしまった。  店の中がより騒がしくなり,結菜が呟くように口を動かしたが,その言葉は聞き取れなかった。ぷっくりとした色気のある唇の隙間から真っ白な歯がかすかに見えた。  これまでのしつこいほどに男性経験や元夫の話を繰り返していたのは,俺がどこまで耐えられるのかを見定めていたのではないかと思い,なにを求められているのかを考えた。もともと旦那がいたというのは本当なのだろうか,それすらわからなくなっていた。 「出会い系サイトで会った人達……私を誘ってきた男達は,みんな同じようなことを言いました。主人にバレなければ浮気じゃない。黙っていれば大丈夫。みんな多かれ少なかれ浮気はしている。自分の欲求に素直に生きるべきだ……って」 「そ……そうですか」 「誰も私を非難しなかったし……責めたりしませんでした……それどころか,自分だったらお前を満足させてやれると積極的に求めてきました」 「なるほど」 「でも,みんな本当は自分の欲求を満たしたいだけで……私の身体しか見ていなかったんです……主人だけは,私の心を見ていてくれました……」 「…………」  正直,面倒臭くなってきた。自分の性的欲求を満たすためだけに出会い系サイトを使っているならまだしも,離婚した元夫の話を未練たっぷりで聞かされるのは苦痛でしかなかった。  俺を試すだけなら,十分うんざりするだけの話は聞いた。さっさとホテルに行って,結菜の身体を味わいたかった。黙っていれば,これほどの美人は滅多にいないと思えるほどのいい女だった。 「でも……私はずっと主人を裏切り続けていたんです……主人の前では大人しい主婦を演じ,主人のいないところでは大勢の男達に性処理用のオモチャのように扱われて……」 「…………」 「でも,私は嬉しかったんです……みんなが私を必要としてくれて……みんなが私を大切にしてくれているような気がして……」 「そうですか」 「でも……主人がいたから……私,そういったこともできたんだと思います。主人はどんなときでも私を支えてくれました。私は主人に甘えていたんです……主人ならどんなことでも許して……受け入れてくれるんじゃないかって」 「…………」 「でも,私……主人に酷いことをしてるんだって……」 「…………」 「私,どうしようもない汚れた女なんです……」 「そんなことはありませんよ……欲求に素直なだけですよ……」 「でも,あなただって……もし自分の奥さんが…友達や同僚と浮気してたらショックでしょ?」  答えに詰まった。この女がどこまで俺を試しているのか,どの答えが正解なのか悩んだ。答えによっては俺はこの女を自分の性奴隷のように扱えるようになるだろうし,間違えれば赤の他人として俺の前から去って行く。ほんのわずかな時間になにがこの女の欲求を満たすのか,なにを求められているのかを考えた。 「それは,誰でもショックを受けると思います」 「やっぱり……」 「でも,それで結菜さんを責めることはできません……」 「え…………?」 「誰にでも性的願望はあります。結菜さんの願望は,たまたま複数の男性を相手にすることだっただけで,決して異常ではありません」  結菜の眼に怪しい光が射していた。そして俯いたまま,テーブルの上に置いてあるコースターの端を細長い指先でゆっくりとなぞっていた。髪の毛の間から見える口元が微かに動き,聞き取りにくいほど小さな声で呟いた。 「でも……それは許される願望じゃなかったんです……」 「確かに,既婚者としては,難しいですね」 「私……主人にとっては最低の女です……」 「…………」 「大切にしてくれていることを知ってて,裏切っていたんですから……」 「結菜さんは,ずっとご主人を裏切っていると思いながら夫婦生活を送っていたんですか?」 「え?」  結菜の表情に,戸惑いが見えた。自分がなにを聞かれているのか,理解しようとしているのがみえた。 「たぶん……私は主人を愛していたと思います……学生の頃の主人は活き活きしていて,サッカー部だったんですが,すごく輝いてました。でも,社会人になってからは,なんとなく毎日が詰まらなそうで……なんか,私はそんな主人に物足りなさを感じていたんです…」 「そうですか」 「主人には,わがままばかりで……私は主人をずっと苦しめていたんだと思います」 「…………」 「主人は,私のわがままをいつも受け入れてくれました……でも,私はそんな主人が物足りなく感じてしまっていて……」 「そうですか」 「私は,主人を失ってから主人の存在がすごく大きかったことに気づきました。でも……いまさら主人が私のことを許してくれるとは思えません……」 「…………」  結菜の目に怪しい光が宿っているのを見逃さなかった。まるでこれからが本番とでも言いたそうなその目は,確実に俺を試していた。取り敢えず,結菜の反応を見るかぎり,いままでの答えは間違えていないのだろうと確信し,もう少しだけ付き合うことにした。 「私……最低の人間なんです……」 「そんな,最低なんてことはないですよ」  最初に出会い系サイトでみた結菜のプロフィールは魅力的だった。そして何度かメッセージをやり取りしていくうちに実際に会うことになり,この古い喫茶店で結菜を見たときは『大アタリ!』だと思った。しかし,いまはこの不毛なやり取りが煩わしく,ただセックスをしたいだけの俺にとって,結菜のこのテストはあまりにもしつこく,あまりにも不快だった。 「でも,あなただって私みたいな女は嫌でしょ?」 「まだ……好きとか嫌いといった対象にはなりませんよ。僕は出会い系サイトにそんなものを求めていませんから……純粋に結菜さんに興味をもち,目の前の美しい女性とセックスをしたいと思っています」  結菜はクスッと笑い,まるで俺の心がすべて読めているかのような表情をした。 「私みたいな頭のおかしい女を好きになってくれる人なんて……どこにもいません……みんな私の身体が目的なんです……」 「そんなことないと思いますよ……身体だけじゃない……きっと結菜さんの魅力が……」  あなりにも話が進まないこの不毛なやり取りに,もうこのまま店を出て,この女を諦めて結菜のアカウントをブロックしようかと思った。この女を抱いても面倒なことにしかならないだろうし,なにより得体の知れない不気味さがあった。  ゆっくりと冷めたコーヒーを口に運ぶと,目の前の美しい女と激しくセックスをしたいという思いと,さっさと席をたって帰りたいという思いが自分のなかで複雑に交錯しているのがわかった。 「私みたいな性癖の女が……気持ち悪くないんですか? おかしくないんですか?」 「どんな人にも性癖はありますから。性癖でその人がおかしいとかは判断しませんよ」  結菜は俯いて,なにかを考えている様子だった。珍しく店内が沈黙で静まり返り,俺は結菜の反応を待った。 「じゃあ……子供に欲情する中年男性もおかしいって思わないんですか?」 「え……? なんの話……?」  突然,話の流れが変わった。結菜がなにを言おうとしているのか気になった。『子供』という単語が結菜にとって,どのようなキーワードになっているのか考えた。結菜に悟られないようにゆっくりとコーヒーを飲みながら,頭の中を整理した。 「えっと……子供ですか……?」 「はい。小学生とか中学生,子供に性的な悪戯をする大人の男性です」 「子供に限らず,本気で嫌がる相手に,無理矢理なにかを強要するのは駄目ですね。それがどういったことか,大人ならわかるし,ましてや子供に性的な悪戯なんて……」 「でも,小学生はそれが悪いことかどうかわからないし,相手が大好きな叔父さんだったら?」  突然,話を変化させてきたことに混乱した。結菜が突然話の流れを変えたことで,おそらく俺の気持ちが離れてきていることを察したのだろうと感じた。あえて受け入れにくい,理解しがたい話を持ち出したのか,それとも本当の話を,より深い話をぶつけてきているのか考えた。そして『叔父さん』というキーワードが,赤の他人なのか,血のつながった親戚の叔父さんなのかも引っかかった。 「物事の判断ができない相手に,大人が自分の性的欲求を求めるのは間違いです」 「そう……」  結菜は悲しそうに俯くと,なにも言わずに静かに立ち上がった。 「もう……出ましょう……」 「え……?」 「ホテル……行きましょう……」  レジで会計を済ませると,結菜は黙って俺の後ろを着いてきた。外は薄暗く,仕事帰りの会社員や塾の帰りであろう子供たちが行き来していた。そのなかを2人で歩き,ラブホテルがある通りに向かって歩いた。  歩きながら何度か結菜に話しかけたが,俯いたまま相槌を打つ程度で話は膨らまなかった。ようやくラブホテルがある通りに出ると,結菜が小さな声で話し始めた。 「もう少しだけ,話してもいいですか?」 「え……? どうぞ……」  結菜の口調はさっきまでとは変わり,目には異様なほどの怪しい光が見えた。そして俺を覗き込むようにして震える唇で静かに話し始めた。 「もうわかってると思うけど,私……小学生の頃から大好きだった親戚の叔父さんに悪戯をされてるんです……」 「え……?」  さっきの話は親戚の叔父さんだったのかと理解し,子供も自分の子供ではなく,結菜自身のことだったのかと,話の流れを切らないように結菜の言葉を聞き逃さないように注意した。それにしても,いつの間に「もうわかってると思う……」という流れになったのかが不思議だった。そんな話,まったく出てこなかったが,子供に性的悪戯をする中年男性が親戚の叔父さんというのと子供の頃の結菜の話しだというのはわかった。 「いまでもその叔父さんは大好きなんだけど,私は叔父さんには……中学生のころはなるべく近寄らないようにしていたんです……でも……」 「そ……そうなんですね……」 「でも,叔父さんは私を見ると,そういった目でしか見れないらしくて……」  結菜ははっきりとは言わなかったが,会話の感じからいまでも叔父さんと肉体関係をもっているようだった。そして俺にとって,それはただただ気持ち悪く嫌悪感しかなかった。 「結菜さんは,その叔父さんが大好きって……その気持ちを伝えたことはあるんですか?」 「はい……何度も言いました。私は小さいころに父親を亡くしているんです……。父親の従弟なんです,その叔父さん……。お父さんがいなくなってから,いろいろ家のことをしてくれて……。ずっとお父さんの代わりみたいだったんです……」 「そうですか」 「叔父さんは,私が結婚することに大賛成してくれて……そのときは正直困惑もあったんですが,やっぱり嬉しくて,でも……もう叔父さんとの関係は終わるんだって思ってたんです……」  結菜は,なにかを思い出すかのように顔をあげて真っ直ぐ俺を見た。 「私のことを侮辱しますか?」  俺は,結菜があまりにも突然強い口調で質問をしてきたので驚いてしまった。そして,このテストはなんなんだろうと困惑した。 「い,いえ。侮辱なんてしませんよ。ただ,複雑な思春期を過ごしてきたようで,僕の中では何が何だか……ちょっと……」 「そうですか……」  結菜は安心したような,残念そうな複雑な顔をした。俺は結菜がなにを求めているのか考えていたが,これまでの話がどこまで本当なのか理解に苦しんだ。複数の男に抱かれるのが好きだと話したかと思えば,叔父さんと関係をもっていることを話たりと,情緒不安定なのか,それともただセックスが好きなだけなのか,結菜がなにを意図してこういった話を繰り返すのか考えた。  出会い系サイトを使ってセックスする相手を探しているだけなのに,この不快な駆け引きは面倒ではあったが,結菜の身体はその面倒なことを我慢してでも欲しいと思えるほど魅力的だった。  結菜はなにかを納得したかのように黙りこみ,そのまま一緒にラブホに入った。フロントで安っぽい掲示板に映し出された部屋の写真を一緒に見たが,結菜は興味を示さず黙っていた。適当に電気のついたボタンを押すと,すぐ横のエレベーターで5階へと向かった。  やけに狭い廊下を通り,小さな玄関のようなスペースで靴を脱いで部屋に入ると大きなベッドと大画面のテレビが目に入った。テレビの前の小さなソファに荷物を置くと,結菜の腕にそっと手を当てて身体を引き寄せ,優しくキスをした。  舌を絡める結菜の呼吸が荒くなっているのがわかり,このままベッドに連れて行くか屋なんだが,結菜は呼吸を整えるようにして洋服を脱ぐと,ていねいに畳み,俺を見ることもなくバスルームへと入りシャワーを浴び始めた。俺も慌てて服を脱ぐとバスルームへ入って一緒にシャワーを浴びた。  結菜は思っていた以上に着痩せするようで,後ろから抱き締めたときの感覚は想像以上だった。これほどの女を不特定多数の男に抱かせて楽しむ叔父さんの性癖が不思議だった。  肉厚な唇は驚くほど柔らかく,さらに軟らかい舌は男が喜ぶ場所を丁寧に舐めた。身体の隅々までが完璧と思えるほどで,なによりもその細長く適度に筋肉のついた脚はこれまで会ったどの女達よりも美しかった。  シャワーを浴びるとタオルでお互いの身体を拭き,崩れるようにしてベッドに入った。不自然に軋むベッドの上で,結菜は俺の求めることを先回りするかのように身体を捻り俺の全身に舌を這わせた。その長い手脚は俺を包み込み,とろけるような素肌は密着すればするほど身体の奥から溢れ出すように興奮し,全身が敏感になり感度を増した。  そして朝まで眠ることなく過ごし,午前10時のチェックアウトの時間ギリギリまでお互いの身体を重ねた。
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