第3章 歪な契機

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第3章 歪な契機

 結菜から俺への連絡は一切なかったが,俺が会いたいと連絡すればいつでもすぐに予定を合わせてくれた。結菜は突然呼び出されても,いつも綺麗にメイクをし明らかに高級そうな洋服に身を包み嬉しそうに現れた。誰もが振り返るようなスタイルのよさは,一緒に歩いているだけで気分がよかった。そして俺のやりたいことを無条件ですべて受け入れてくれた。    もう何度も結菜を突然呼び出しては,性処理の相手として便利に使っていた。結菜も欲求不満だったらいつでも呼び出していいよと言い,この身体だけの関係を拒むことはなかった。俺は完全に結菜にハマり,独占したい欲求を押さえるのに苦労した。    それでも面倒臭いのが,時々なにかのスイッチが入ったかのように元夫への懺悔話と叔父さんの話を延々と聞かされることだった。この日も,散々結菜を好き勝手に抱いた後にスイッチが入ってしまい,ベッドのなかで腕枕をしたまま朝まで元夫の話を聞かされた。     「私ね……ずっと主人に悪いことをしたと思ってるの……。でもいまさら,どうしていいのかわからないんだけど……」     「で……ご主人……元ご主人に対して,なにかしたいの?」      結菜は,自分が本当にしたいことがなんなのかわからなかった。自分でもいろいろなことが頭の中で錯綜しているようで,まるで壊れた録音機のように同じことを何度も繰り返した。    結菜は元夫に対して許して欲しい気持ちもあれば,叔父さんとの関係を終わらせたい気持ちもあると繰り返した。元夫になにか特別なことをしたいかと聞くと,なにも思い浮かばないと困惑した表情を見せた。     「なにをしたいのか………自分でもよくわからないの………」     「そう………。じゃあ,結菜がなにをしたいのか一緒に考えようか………?」     「ありがとう………悠人は優しいね……」      結菜は嬉しそうにしながら,俺の股間に顔をうずめてきた。言わなくても自分から積極的にしゃぶりにくる結菜は本当に楽だった。俺が満足するまで結菜はやめることなく,1時間でもしゃぶり続けた。そして荒い呼吸のまま顔を近づけると,頭を撫でて欲しいとせがんできた。     「元夫には……こんなことも満足にしてあげてなかったの……」     「そうなんだ……で……結菜は元ご主人に謝りたいと思ってるの?」      頭を撫でられながら小さく頷いた。     「謝ってどうする……?」     「わからない……」      そう言うと,再び股間に顔をうずめ疲れ切って力尽きた俺のものを口に含み,音を立ててしゃぶった。しばらくして息を吸うように口を離すと,俺を見ながら潤んだ目で訴えかけるように呟いた。     「できることなら……謝って……許して欲しいです……」      結菜はセックスの間にスイッチが入ると俺に敬語で話した。     「許すというのは?」     「あの…私,ずっと主人を裏切ってきたのと……主人を傷つけたことを謝りたいんです……」     「なるほど……。でも,ご主人は許してくれるかな?」     「無理だと思います……」     「ご主人とは,いまでも連絡を取っている?」      結菜は俯いて,なにを答えればいいのか悩んでいる様子だった。しばらく黙り込んだかと思うと,ふたたび黙ってしゃぶりだした。俺はなにも言わず天井を見ていたが,こんな女と夫婦になった男が哀れに思った。自分だけにこうやって尽くしてくれるなら最高の女房なんだろうが,誰彼構わずこうやって男とセックスを楽しむ女を受け入れられる,こんな女を心の底から愛する男が実在するのか……と考えていた。    しばらくして結菜が顔を上げると,俺を見ながら悲しそうな目をした。その瞳はまるで真っ暗な底のない湖のようで,一度足を踏み入れた人間をどこまでも沈めてしまいそうな得体のしれない不安を相手に与えた。     「私達,子供がいなかったので……主人は当然無理ですが,主人の家族ともまったく連絡を取っていません……」     「そうか……」     「もし……なにか連絡を取りたいときは,主人の家族……相手方の弁護士に連絡を取るように言われています……」     「なるほど……」      俺は,元夫の辛い気持ちがほんの少しだけ理解できたような気がした。弁護士と聞いて,自分の妻が同僚や友人と浮気をし,過去にも自分の同級生達と関係をもっていた妻を素直に許せるとは思えなかった。     「あの……私は……1からやり直したいと思ってます……」     「ご主人と……?」     「いえ……それは叶いません。人生をやり直したいんです……」     「なるほど……」      結菜の言う「人生をやり直したい」と意味は理解できたが,なにをどうやり直したいのかがまったく伝わってこなかった。     「主人に悪かったと思ってるけど……最初から愛情があったのか……自分でも覚えていないんです……。すごく優しくしてくれて,すごく幸せな気持ちのときもあったし……。でも……いつもなにか物足りなかったというのと,なにか不満があったと思うの……」     「そう……」     「私……ひどい人間だっていうのは自分でもわかってる……でも……」      結菜はなにかを言いたそうにしていたが,どうしても言い出せない様子だった。ふたたびしゃぶりだしたが,下腹部に結菜の涙がこぼれ驚くほどの涙の熱さを感じた。それでも泣きながらしゃぶりつき,ときどき嗚咽を漏らした。     「言いたいことがあれば,なんでも言っていいよ」     「うん……」      結菜は,起き上がるとベッドに座り俯いたまま黙ってしまった。俺は結菜がなにかを話し始めるまで,ベッドのなかで目を閉じた。     「あの……」     「なに……?」     「あのね……私……いまでも,叔父さんと定期的に関係を続けているの……」     「知ってるよ。初めて会ったときに,話してくれたやつだよね……」     「そう……。私が子供の頃から……私は叔父さんにはいろいろな物を買ってもらったり……。それで……いろいろなことを……」     「そうなんだ…………」     「初めての相手は,叔父さんだったの……」      俺の頭の中で警笛が鳴り響いていた。これまで何人もの女と出会い系サイトで出会ってきたが,身体だけの関係だったのが深い話をし始める女ほど面倒なことをなると何度も痛い目をみてきた。それと同時に叔父さんとの関係も,叔父さんが単独男性を集めていることもわかってはいたはずなのに異常なほど激しい嫉妬心が芽生えていた。    結菜は俺の腕をすり抜けるようにして脇の下に頭をさし込んできて,無理矢理腕枕の体勢になった。小さな頭が俺の鼻にくっ付いたが,やけにいい匂いがした。     「私ね……中1の夏休みに叔父さんに海に連れて行ってもらった帰りにね……初めてラブホテルに入ったの」      結菜はいままで溜めていたものが一気に流れ出すかのように,叔父さんとの関係を話し始めた。     「小学生の頃から……叔父さんには裸を見られたり,触られたりしていたので抵抗はなかったの……それがやらしいことだってわかってた……」     「そうなんだ…………」     「少し,煙草の匂いが苦手だったけど,なんでも買ってくれる優しい叔父さんが大好きだったの……洋服だってスマホだって,みんなと同じものを持てたから学校でも虐められなくて済んだし……だから私は叔父さんを拒むことなく……叔父さんのしたいことはなんでもした……」      結菜の表情は見えなかったが,その声はどことなく嬉しそうに聞こえ,俺のなかで嫉妬心とは違う気持ちの悪いなにかが蠢いている感じがした。     「それから毎週のように,叔父さんに抱かれたの……叔父さんは私を求めてくれて,セックスが終わるとなんでも買ってくれた……」      結菜は驚くほど姿勢よく飛び上がり,腕枕から離れるとベッドの上に座りなおし,どこを見ているのかわからない虚ろな表情で真っ直ぐ前を向いて,なにかに憑りつかれているような表情で話を続けた。     「私が高校生になったときには……叔父さんは私の裸を撮影して,エッチなサイトに投稿をするようになったの……叔父さんが好きだったから,喜んでもらえるのが嬉しくて……なんでもした……お小遣いも毎月10万円もくれたし,洋服も買ってくれた……」     「でも,だんだん叔父さんは私を抱いてくれなくなって。そのころから,私は叔父さんの命令で学校の友達や,叔父さんが連れてくる人に抱かれるようになったの……」     「そうなんだ…………」     「最初は嫌だったんだけど,だんだん慣れてきて……」     「うん…………」     「主人とは……同じ高校だったから学校で告白されて,付き合い始めたの。叔父さんに相談したら,そいつと付き合うようにって言われたので……だから主人を本当に愛したことがあるのかわからないの……叔父さんに言われて……命令されて付き合ったから……」     「へぇ…………」     「いまでも,叔父さんとの関係は続いてるの。叔父さんは私を抱かないけど,いつも男の人達を連れてきては,私が抱かれているところを見て喜んでるの」      俺は,結菜の中に潜む得体の知れない悲しいなにかと同時に,触れてはいけない狂気のようなものを感じた。しかしそれが,結菜にとってプラスなのかマイナスなのかが判断できなかった。     「そのころね,初めて複数の男に抱かれたの……高校の同級生に……3人にレイプされたの……そのことを叔父さんに話したら,すごく喜んで……それがきっかけで……それ以来,叔父さんの命令で複数の相手をするようになったの……」      結菜と叔父さんの関係を整理しようと思ったが,結菜の心が正確に把握できていないことに戸惑った。結菜は元夫をいまでも愛しているのだろうか,叔父さんに対してどんな気持ちなのだろうか,俺にとって理解できないことだった。なによりこうして俺と定期的に会いながら叔父さんにも会っていると思うと,知ってはいたが複雑な気持ちになった。     「いまでも定期的に叔父さんに会って,叔父さんの連れてくる男性達とセックスしてるの……こんな私をただの変態だと思う……?」      突然,結菜に質問をされ戸惑った。俺は結菜の心の奥にあるなにかを見つけようと必死になっていたので,すぐに答えられなかった。それどころか,結菜は完全に俺の心を掴んでいるようにも思えた。     「やっぱり……私みたいな女は嫌いだよね……汚いよね……ただの穴だよね……」     「いや……そんなことは思ってないよ……。ちょっと話に集中していたから……」      結菜はクスッと笑うと,嬉しそうに話を続けた。     「でもね……主人を失ってから……正確には悠人と会うようになってから……私,変わったみたいなの」     「え……? 変わった……?」     「最近,叔父さんに会いたくないの……大勢の男性の相手をするのも嫌だし……だから,悠人が私を呼び出してくれるのが嬉しいの!」     「そうなんだ……」     「でも,叔父さんから生活費のほかにも,お小遣いをもらったりしてて……私,収入ないし,夫がいなくなったことで実家には居づらいのとで……よくわかんない……」     「なるほど……」     「私,なんか変わってきているは自分でもわかるんだけど……。どうしていいのかわからなくて……」      結菜は,少し困ったような顔をして覗き込むように俺を見た。     「ねぇ……悠人……。私をメチャメチャにしてよ……私を壊してよ……」     「え……?」     「私を他の男が抱きたいと思えない身体にしてよ……焼いてもいいし……切り刻んでもいいよ……私を悠人の好きな身体に改造していいから……」      結菜は嬉しそうに笑うと,俺の顔を覗き込んで瞬きひとつせずに顔を近づけてきた。両手で俺の顔をしっかり押さえると,嬉しそうにしながら顔を近づけてしっかりと目を合わせた。     「悠人にその覚悟があるのなら……私の両腕……両脚を切り取って……私の両目をくり抜いてもいいよ! 私をメチャメチャにして! 悠人が私を一生飼ってくれるなら……悠人の好きにしていいよ!」    
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