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「今出川さん、スタッフに会いたいと言われましても……」
「今日こそは唯に会えるまで帰らない」
「非常に困ります……」
「忙しい時間帯は終わっただろう!それまで行儀よく待っていた!」
「そんな悲しそうな顔をされましても……」
「悲しそうな顔をしているか」
「ええ、非常に……」
確かに俺は悲しい。片想いがこんなに悲しくて辛いものだとは思いもしていなかった。八年間はあっという間だった気がしたのに、一週間がこんなに長いものだとも知らなかった。
贈り物を渡す機会が巡って来ない事も、それでもこの熊だけはどうにか渡したい事も、俺にとっては全てが初めての経験と感情ばかり。『駄々を捏ねる』と言う行為がこんなに必死な感情の顕れだと言う事も初めて知った。
「お客様とスタッフとの個人的な接触を助長する行為は僕のポリシーに反するんです……自力で頑張って頂く分には関知しませんが……」
「今回だけ……そこを曲げて貰う訳には行かないものだろうか……」
「今回だけ?」
「今回だけ……」
店長は大きな溜め息を吐くと、カウンター内に居るスタッフにレモネードを提供するよう言い置き、小さな円窓の付いたキッチンの扉を押した。かと思うと振り向いた。
「唯の都合を優先して下さいますね?」
「勿論だ!」
「危害は加えませんね?」
「有り得ない!論外だ!」
そして今度は小さく溜め息を落としてスイングドアの向こうに消えた。
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