act.3 俺、知ってるからな

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   自分の恋愛対象が同性だとしても、女性になりたいと思った事はない。  Coucouでバイトを始めてからは、大劇場に通う時に帽子やマスクや伊達メガネで軽く変装する事はあっても、変装=女装にはならなかった。ちょっとだけ考えはしたけど、不自然過ぎて逆に目立つと思ったからやめた。公演中は暗いし、客席の事を気にする観客なんてまずいないし、昔に比べれば男性客も増えたし。  でもこの街では、特に大劇場付近では時々遭遇する。ジェンヌさんじゃない事は明らかながら(歩き方とかが全く違う)、まるで男役さんのような出で立ち及び振る舞いの一般人女性に。お客様にもいらっしゃる。あれはあれでボーイッシュで素敵だし、服装も髪型も好みはそれぞれだ。土地柄も土地柄だし俺の事もそう認識されていても不思議じゃない。可能性はゼロじゃないな、うん。  白い花は嫌いじゃないしくまのぬいぐるみは好き。癒される。でも量産型の黄色い熊さんやダッ◯ィーとかなら兎も角、モヘア素材のシュタイフなんてとても手が出せない高級品なのにぽーんと。それが例えばお嫁さんにしたい女性とかになら解らないでもないけれど、一度会っただけの男に贈るプレゼントとしては些か行き過ぎでしょう。  ほんの少し雨に当たったセロファンの水滴を拭いて、茶色のぬいぐるみを見詰める。あの人の髪の毛みたいな栗色だ。あの人、今日も黒いポロシャツに黒パンツだった。三十才なんて噓みたいに若作りと言うか。それにコミュニケーション能力がヤバ過ぎ。社長って肩書きとのギャップも有り過ぎて。 『なんで丸一週間も不在なんだ!!』 『卒業したら、もうここでは働かないのか』 『どこに行けば会えるんだ』 『俺は唯が居るから桜坂に来たんだぞ』
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