act.3 俺、知ってるからな

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   戸惑いと甘い余韻を引き摺って迎えた金曜日。  俺は元町で時間を潰した。普段は本屋かコーヒーショップだけどデパートに行った。穂高氏に、何かお礼の品を渡さなくちゃ。  だけど三十才の、それも社長さんに何を贈ればいいものか。行儀は悪いがぬいぐるみの値段を調べ、相応のお返しをぐるぐる考える。ネクタイ、手帳、傘、靴下、日持ちのしそうな焼き菓子、ゼリー、どれもさっぱりピンと来ない。  あの人、俺にぬいぐるみが似合うと思ったって、それだけでプレゼントを決められる人なんだな。強引な人なのかも知れない。いや、諸々考え合わせても多分かなり強引な人なんだろう。  おしゃれな生花店の前を通りかかると花の事も思い出す。俺に白い花が似合うって……そんな事これまで一度たりとも言われた事がない。それにマーガレットやかすみ草はまだしもカサブランカとか。色だけで選んだんだろうか。俺も例えばブランド品の名前だけで絞ってみようか。  広い店内を巡った末に地上に出て、空に晴れ間が出ている事にほっとする。  ハイブランドが並ぶ通りをウロウロして遠巻きに眺めて、余りの敷居の高さに怯んだ。どの店舗も『学生?ハン、お呼びじゃないね』的な何かを発している気がする。  歩道に面したショーウィンドウに恭しく飾られた財布を試しにスマホで検索したら、俺の給料三カ月分近くした。この財布一個で大劇場のSS席に何回座れるか……DVDが何枚買えるか……!  
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