act.3 俺、知ってるからな

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   思えばこれまで誰かの事をこんなに深く考えた事があっただろうか。ジェンヌさん達は別として。かと言って芸能人に対してファンレターを書いたりプレゼントを贈る気持ちももひとつ解らないな。顔も識別出来ない不特定多数のファンから物を貰うってどんな心境なんだろう。  だけど『天雪 麗』退団の折には、俺も『レイさん』に花束を贈りたいかも知れない。素敵な時間をありがとうございました、お疲れ様でしたって……たとえ山のような花束の中に埋もれてもいいから。  レイさんに贈るなら想像出来るのに、相手が穂高氏になった途端に真っ白だと気づいてまた胸がざわざわする。 「唯?」 「……………」  その声と、磨き上げられたガラスに映る透けたシルエットに一層ざわざわしながら振り向くと、穂高氏が背後に居た。嘘だろ。夢か。白昼夢か。それに、ぱっと見誰だと思うほど印象が違う。仕立てのいいグレーのスーツ姿で栗色の髪もなんか整ってるし。過去二回とも無造作ヘアだったのに、サラリーマンに見える。社長さんに見える。三十路どころか四十路にだって見えるほど落ち着いて紳士的……! 「こんなとこで何してる!大学は!予備校は!」 「学校は午前だけで……講習は六時からで……今出川さんこそ」 「そこで父の知人と会っていた」  そこと指差された道向こうのお店はコーヒーでも紅茶でもサンドイッチでも、全てのメニューをマイセンで出す高級喫茶店じゃあありませんか。ハハハ。 「この財布が欲しいのか?買ってやる。何色がいいんだ」  ヤメテ───!!
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