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「この俺に、、、コイツの面倒を見ろ。と?」
───
警視庁 刑事局 局長室
その部屋の主が敢えて外す視線に向かい、捜査一課の刑事である水無月浩一は、脅しを含んだ声で訊き返した。
見下ろされる形で前に座る刑事局長は、合わせた手の指を固く結んでデスクに乗せ、水無月の不機嫌をかわす術として、この数年で習得した、
『怒りに気づかぬ振りの笑顔』
で大きく一度頷く。
その横に立ち、若干心配そうに様子を伺う木瀬 春馬。
彼は、前髪で半分隠れた黒い瞳を向かい合う二人へ交互に定め、落ち着きなく両手を揉み合わせた。
「理由は聞かずに引き受けてくれ」
自身と水無月、そして木瀬春馬以外の者はいないにも関わらず、周囲を憚るような囁きの後、
「、、、ゴホンッ。
つまりだな、あー、、、お上にはお上の、その下にいる私には私の都合というものがある。
しかし、一つだけはっきりしているのは、彼が警察学校を過去、最も優秀なる成績で卒業したこ、、、」
「断る」
毎度のことながら、簡単にはものを引き受けない男だと覚悟の上ではあったが、あまりにも無情な即答に、
「水無月ぃ」
局長の声は細く尻すぼんだ。
「現場も知らない新人がいきなり本庁勤務、しかも刑事局配属ってのは臭ぇにも程があんだろ」
「私も全くの同意見だよ。
が、、、そこには事情があってだな、お前のようにキャリアなくとも新人から本庁に引っ張られる場合もあるのだ」
「その事情ってのは俺に匹敵するんだろうな。だったら聞かせろ」
「それが実のところ、この私にも詳しいことはわからんのだよ。
何しろ、刑事になって人様の役に立ちたい、という『高い志』と『頭脳明晰』ってだけの理由で長官が刑事局に押し付け、、、ゴホッ、、、
寄越したんだからな。
しかし、、、まいったよ。
内勤とはいえ刑事課はおろか、企画、鑑識、組対、支援と、、、一通りの部署にやったものの、ロクに使えな、、、いやつまり」
水無月は歯切れの悪い局長の言葉を手を上げて遮り、視線をゆっくりとキセに移し、
「おい。
キセとか言う、そこのポンコツ」
低く唸った。
キセは一度辺りを確認し、目の前に立ちはだかる男が確かに自分のことを『ポンコツ』と呼んだのだ、と納得してから、
「はい?」
間の抜けた返事をした。
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