『キセ』くん ─1─ 噯気

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「怒らない。ね、水無月、怒らないよ? これは確かにフェルディナントファーマ社社長、柏木君からの指名を受けて長官(お上)が決定したことなのだから」 「俺は子守りをする為に一課にいるんじゃねぇぞ」 「わかってる、もちろんわかってる。 私もお上の言いなりだったわけじゃぁない。 キセくんを引き受けるにあたっては、これまでお前がやらかした単独違法捜査の数々を全て無かったことにしてもらい、組対(そたい)5への足入れに応じてやって欲しいとも願い出たのだ」 「組対5? 本当か?」 予想通り目の色を変えて喰いついた水無月に、局長はにやりと笑った。 「やりたかったんだろ? 違法薬物の摘発。 んでもって後々は厚生労働省の麻薬取締部に行くんだよね? ね?」 目を見開いた水無月は、局長のデスクに両手をついて迫った。 「おいオッサン、だったら足入れなんかでなく、まずは俺の配属そのものを組対5にしてくれ」 「みなつき刑事! 僕ら(・・)の刑事局長に対して、さすがにオッサンは、、、」 「うるせぇ、お前は黙ってろ!」 五十もとうに過ぎ、還暦も間近である局長は、大いなる懐を以て、 『いいんだよ、キセくん、彼はいいの』 と言葉を挟み、 「水無月。捜査一課は、まだお前を手離したくないそうなんだよ。 だから当面は両方への足入れとなるのは我慢してくれ。 その代わり、 『違法捜査の常連、コンプラ無視でやりたい放題。しかし検挙率だけ(・・)はズバ抜けて優秀な刑事』 ってことで、今よりもっと自由に動ける環境と予算を特別に与えられるそうだから。な?」 「割りに合わねぇ」 「だいたい有能名だたる刑事のお前がだな、400人いる捜査員のうちの一人くらい育てられなくてどうする?」 「話をすり替えやがったな」 局長は水無月の言葉を無視し、 「今回の辞令は本格的な配置転換を希望するお前の、 『捜査員育成能力を視る事前テスト』 だとでも思え。いいな?  あ、それからお前とキセくんには、今日から寝食も共にしてもらうから。 大~事に預かってやってくれよ」 「なんだとぉっ?! 」 両手で『ばんっ』と机を叩き、身を乗り出した水無月に局長も立ち上がり水無月の耳元に顔を近付け、再び消え入るような声で囁いた。 「これも、お上からの御命令だ」 「だったらこのバカを本庁(母屋)に引っ張った理由が何なのか教えろ!」 水無月の問い詰めに、 「だーから言ってるだろ、一企業からの推薦と高い志、それに頭脳明晰ってだけのキセ君が何故刑事局(ここ)へ寄越されたのか、私にもわからないって!」 局長はドサッと椅子に戻り、目を伏せて腕を組んだ。 「とにかく! 一課でも二課でもいい、キセ君を刑事としてどうにか(・・・・)使えるレベルにまで仕上げてやってくれ。 いいな?  これはお上からの直々の御達しだから 断ればお前の配置転換は永久になし! コンプラ無視における処分は復活! でもって捜査予算は全額取り上げ! 以上っ!」 局長はレザーチェアをくるりと回し、 『問答終了』とばかりに背中を向けた。 「、、、チッ」
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