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2 ココアの目覚め
「お嬢様、朝でございます。起きてください。」
ドアをノックする。返事はもちろんない。摘みたてのハーブをこれからすぐにお茶にして振る舞いたかったが無理そうだ。後ろから不安そうな声がした。
「アルバ様、私共にお任せ下さい。アルバ様にお仕事をさせるわけにはいきません。」
「これはこれは、ミレーナ。あなたもお嬢様を起こしにきたのですか。」
ミレーナは屋敷で私より少し後に入ったメイドだ。年齢もお嬢様と近く、たまに私のハーブティーをお嬢様と楽しんだりもする。だが、今回ばかりは呆れ顔だった。
「あのですねぇ、そもそもお嬢様を起こすのは私の仕事なんです。アルバ様はご自分のハーブ園の手入れでもしていてくださいな。」
私は五歳にも満たない頃、誰も近づかない深淵の森からいきなり現れたらしい。心優しい主人は私を息子として受け入れてくれた。そのため私は名義上はここの養子、領家の人間だ。
「別にいいじゃないですか。私は拾われた恩を返しているだけなのですから。」
「そういうことを言ってるんじゃないんです。私たちの仕事をとらないでって言ってるんですよ。ほらいったいった。女の子は朝の準備色々あるんですからね!」
そう言って背中を押される。私は渋々自室に帰るのを余儀なくされた。
「…はぁ。」
コトコト、とミルクを温める。なぜだか今はハーブティーの気分ではない。こういう時ふとココアを飲みたくなるのだ。
『ほらアルバ、これ飲みなよ。』
随分と昔に誰かがココアをよく振舞ってくれたのを覚えている。その誰かが誰かはもう覚えていないが。
ギィィィ、と扉が開く。
「ん…アルバぁ?いい、匂いがする。」
まったく都合の良い鼻を持つお人だ。
「おはようございます、お嬢様。ココアを作っていたんですよ。」
「いいわね。うー、起きるぞぉ。目覚めの一杯として、私にも少し分けてくれない?」
うーと伸びをするお嬢様。その姿も愛らしい、が。
「でもいいのですか?その後ろの寝癖といい、衣服の荒らさといい、ミレーナから逃げてきたようですけど。」
いつもならミレーナがひとつひとつ直していく寝癖も今日はついたまんま、オマケに寝間着もヨレヨレだ。走って逃げてきたのだろう。
「…いーの。私は寝たかったのにぃ。アルバは私のこと甘やかしてくれるもん。」
まあ少なくとも歳上の男の自室、それもベッドで横になりながら言うセリフではないだろうな。
「そんなことないですよ。せっかくミレーナに譲っ…ミレーナが身支度を整えてくれてるんです。今日はお父上の誕生日パーティーでしょう?客人がきっとたくさんいらっしゃいますよ。」
「パパの誕生日なんて名目だけど、みんな私の婚約者に漕ぎ着けてこの領家がほしいだけよ。」
むくりと起き上がったお嬢様はふくれっ面だ。かわい…ゴホンゴホン、ダメだダメだ甘やかしては。
「私、本当に愛した人ならそんなものいらないのにな。」
まあそんな人現れたら、私が始末するだけですけどね!!お嬢様のいる手前そんなことを言ったものの今日は私にとっても大勝負の日だった。
「主人の誕生日という名目でくるあらゆる名門という名門を掲げた男たちが、やってくると思うともう…。」
震えが止まらない。意地でも私がお守りしなければ。
「まーた一人で話を進めて。私はあなたのことも心配なのよ。お父様、あなたにもいいお嫁様をって意気込んでたもの。」
「私にそんなものいらないのですがね。」
「私がこんなんなんですもの。跡継ぎであるあなたにかけられた期待はお父様からのものだけではないわ。」
「もう二人とも考えすぎですよ。ご主人様のお誕生日を素直にお祝いされればいいのに。ねえ、お嬢様?」
いつの間にか私の部屋にいたミレーナが恐ろしいくらいの笑顔で言い放つ。
「わっ私はあなたの言う通りに自室に篭ってましたよ?お嬢様が勝手に!…って逃げたか!」
もうすでに空になったカップがそこに置かれているだけだった。
「おーじょーうさーまー!!!待ちなさーーい!!!!」
屋敷中にミレーナの声は響き渡ったのであった。
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