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私の高校は自由度が高いので、遅生まれの生徒は高校三年生の夏休み期間を使って、車の免許を取ることが主流。
私の父も母も教員で、私は真面目に生きてきた。
特段厳しく育てられたとは思わないけど、真面目な両親の保護下に育った私は“不良”っぽいこととは一切関わらず育った。
真面目な学生として生きてきたし、これからも安定第一の公務員になる夢に向けて大学を受験するつもりだ。
人生に刺激はいらない。安定が第一だ。
自動車学校も、夏休み期間内で卒業できれば追加料金も発生しないし学業に差し障りが出ない。
全てを一発で合格することが今の私の目標だ。
自動車学校まではバスが出てるから、わざわざ合宿所に寝泊まりしなくても毎日通える。
そんな自動車学校で、よく言えばラッパー風、悪く言えば“不良風”の 彼 と出会った。
昼、私は教習所の二階にある飲食okのコーナーで自販機でお茶を買い、母が作ってくれたお弁当を食べる。
いつもの、実技講習中の風景が見える窓に面したテーブルの1番奥に座ってお弁当を食べようとした。
だが、襟足が金髪のラッパー風悪く言えば不良風の人物が、私の特等席を占拠していた。
合宿所の建物まで行けば食堂があるから、昼、空いた時間はほとんどの人はそこに行く。いつも教習所の二階の休憩室に長居するのは私くらいなのに。
他の席に座らざるを得ないな、と思った。
が、彼の様子がおかしい。
肩がビクビク痙攣してる。
「大丈夫ですか?」
思わず声をかけてしまった。
「…あ?」
彼が私を見た。目があった。泣いている?
「何かあったんですか?」
「いや、なんでも…」
そう言うと彼は腕で目をこすり、涙を無かったものにした。
「実技の先生に怒られたとかですか…?」
自動車学校では、クランクや縦列を何回やっても失敗し、泣く人もいる。
だから、彼が泣いていた理由はその類だと思った。
「18歳ってよ、結婚できるんだな」
私の質問に答えず彼はそんな話題をふってきた。
「法律ではそうですね」
思ったより会話が長引きそうだったので、私は彼の隣の隣の椅子にとりあえず座った。
「女は16から結婚できるんだな…」
「あぁ、そうみたいですね」
16で結婚してる子を実際に見たことはないが、法律ではそうだ。
「知らんかった。ハタチからじゃないのかよ…酒とタバコと結婚は、ハタチからじゃないのかよ!」
彼は語気を強めてそう言って、机を バン と叩いた。
私はびっくりした。“不良”が不機嫌になると、なにをされるかわからない。少し、怖いと思った。
でも、 酒とタバコと結婚はハタチから という彼が言ったキャッチコピーが新鮮で、結婚できる年齢を間違えていることがちょっとおもしろかったので、怖いという感覚はなくなった。
「すみません、えーと、あなたは何歳ですか?」
「18」
「なんだ、同い年だ」
同い年の不良っぽい彼は、18歳なのに喫煙室にいることが多い。そこを突っ込みたくなったが、髪を脱色したり、耳たぶにたくさん穴が開いている時点で、彼が喫煙していることは別におかしなことではないか。と真面目な私は思った。
世の中には金髪の人やピアスの人は沢山いる。そんな人たちみんながみんなタバコを吸っているわけではないから、偏見かもしれないが。
「ありえねぇよなぁ…別れた翌日に結婚するとか、ありえねぇよな…」
「失恋?」
「まぁ。仕方ねぇけど。」
彼は平気そうな顔を作って貧乏ゆすりをしている。
別れた翌日に結婚されたと言うことは、彼の彼女は、二股をかけていたということか。
…仕方ないと本人が言っているから、もう私から何か言えることはない。
「よかったらこれ使ってください」
私はポケットティッシュを差し出して、これで会話を切り上げようと思った。
“不良”の部類であろう人の恋愛相談に、的確なアドバイスをする自信もないし。
テーブルの上に差し出したポケットティッシュを彼は受け取りそうにない。
でも、ゆっくりお弁当を食べるために私はまた静かな場所を探したい。
彼に対して、してあげられることはしきったはずなので、私は椅子から立ち上がった。
「なぁ、お願いがあるんだけど」
「な、なに?」
椅子をテーブルの下にしっかり押し、元に戻してる時急にそんな事を言われた。
“不良”からのお願いとはなんなんだろう。私は緊張して色々なパターンを脳内で検索した。少し、怖い。
「千円、貸してくんない?飯代持ってくるの忘れちゃってさ…」
失恋したばかりの“不良”は、お腹が空いているのか。
可哀想な気がした。
凶暴な犬が、その凶暴さ故に飼い主に捨てられた。みかん箱に入れられて放置された犬が、お腹を空かせていると思うと、断れなかった。
「いいですけど、名前と電話番号教えてください」
取りっぱぐれがないように、条件を出した。
「そんなのいる?俺、借りた金はぜってー返すし。」
「名前もわからない人にお金を貸すのはさすがに。」
「それもそうか。俺水谷勇気。ケー番はゼロナナゼロサン…」
「ちょ、ちょっとまって。メモするから。」
「いいよ。お前のスマホちょっと貸して」
あまりよく知らない人間に自分のスマホを手渡すのは一瞬躊躇われたが、私がメモを取る手間や、聞き間違い、書き間違いを犯すリスクを回避する為、本人に直接電話番号を入力してもらうほうが確実だと思ったので、私は彼にスマホを渡した。
彼は私の電話機能を開き自分自身の番号を入力して、発信し、すぐ通話終了ボタンを触った。。
「はい。もう履歴に入ってるから。」
「うん」
私は彼の名前を忘れる前に電話帳に水谷勇気を新規追加した。
「明日必ず返すから。明日もいるよね?」
「うん。私はお昼ここにいるから。」
そう言って私は、失恋したばかりの“可哀想な不良”に、千円札を渡した。
「ありがと」
そういうと彼は立ち上がり足早に階段を降りていった。
ポケットティッシュだけが窓際のテーブルに残されている。
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