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翌日、約束通り水谷勇気は千円札を返してくれた。
「昨日はまじ助かったわ。ありがと」
「いえいえ」
“不良”がこんなにもあっさり、しっかりお金を返してくると、イメージとのギャップでものすごく良い人に思えた。
ちゃんとお礼も言えるんだな、と感心してしまった。
「今度、お礼にメシ奢るよ」
「え?や、別に良いよ。」
「安いのにめちゃくちゃうまいラーメン屋あるんだよ。」
「そうなんだ」
ラーメンか。私はラーメンという言葉を聞いただけでお腹が減ったような感じがした。ラーメンは好物だ。
「多分お前行ったことないと思う。遠いから。」
「遠いって、どこ?」
「◯市」
「確かに遠いね。車で1時間はかかるよね。じゃあ電車次第だ」
「あ?ダルイじゃん電車とか。駅から歩くのダルイ」
「え、じゃあ…」
バス使う?タクシーはお金かかるから無理だよ。わざわざラーメンのためだけに移動費かかるなら私は行かない。と言おうとした時
「迎え行くわ。」
「私を?」
「うん。」
「私の家から◯市までだったらまず最寄りの△町のバス乗って、駅まで行って…」
「車出すから。」
「誰が?」
「俺が。」
「もう仮免とったの?」
「いや?」
「なら運転できないでしょ。車だって無い」
「アニキの借りるから問題ない。」
問題、無いの?
無免許だよね?講習まだ始まったばっかりだよね?技術的にも社会的にも問題あるよね?
私は何から訂正すれば良いのか困り、黙ってしまった。
「もしかして俺が運転できないとか思ってる?」
「うん。」
「俺、初めてここで場内講習した時、教官からめっちゃ褒められたからね。」
「…才能…?」
「まぁ才能もあんのかも知んないけど、普通に16ん時から車乗ってっから。」
「え?」
「初めての実技で教官からなにも教わらず運転したっけ、教官、顔ひきつってたわ!」
「そりゃ、ここは運転の仕方とか感覚とか全くわからない状態の人に教える場所だもん」
「踏切で窓開けて確認ってのだけは初めて聞いた。でもクランクもバックも余裕すぎてつまんねー」
「縦列も?」
教官から、縦列は難しいと聞いていた。
「余裕だから」
「す、すごい…」
すごい。すごすぎる。いい意味でも悪い意味でも水谷君はすごいぞ。
16からいきなり運転して捕まっていないのも、すでに運転技術があることも。
私の常識からもすごいかけ離れている。18でタバコはまぁ、ただ火をつけて吸うだけだからできる人はいるだろう。法律的にはダメだけど。
でも16から自動車を運転していた、というのは難易度がタバコとは違いすぎる。
警察に捕まるリスクも高すぎる。
やっぱ、“不良”と関わるのはよくない。一歩間違えたら、私にも法律を違反する場面が訪れてしまいそうだ。
「…やめとくよ。ラーメンは好きだけど、仮免すらもらってないんだから。」
「あっそ」
水谷君は不機嫌そうな顔になった。
「仕方ない。1人で行くか。」
水谷君は寂しそうにそう言った。
「友達とかは?」
「いるけど」
「友達と行けばいいじゃん」
「ヤロウ2人でドライブとかつまんねー。つか、苦痛。」
あぁ、今までは彼女と一緒にドライブしてたのか。
でも、今はその彼女がいない、と。
「アニキの車、まじカッケーから」
「そうなんだ」
「ホイールぶっといし、車高低すぎてコンビニ入れないレベルだし、DVDも見れるんだ」
「…そうなんだ」
ホイールがぶっとくて車高が低すぎてDVDが観れる車は、“カッケー”のか。知らなかった。
「まぁラーメン屋までは遠いから無理にとは言えねーけど…そうだ!運転技術を教えてやるよ!
真面目ちゃん」
「どこで?」
「夜中のパチ屋の駐車場」
「いや、結局…あ!駐車場は!」
「そう。広い。」
「じゃなくって!筆記の過去問にもあった。駐車場は、公道ではないの!」
「…コードー?」
「うん。公道でない場所は、免許がなくても車を運転してもいい。ただし、他に駐車してる車がいたらやめといたほうがいいと思うけど」
「へぇ。まぁ、金貸してくれたお礼に無料で実技講習してやるからさ」
そう言って水谷君は笑顔で私の方を二回叩いた。
「う、うん…」
水谷君から、香水のいい匂いがした。
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