最後の誕生日

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最後の誕生日

「お誕生日おめでとう」 「ありがとう」 2人はそう笑い合うと良い音でグラスを鳴らし、シャンパンで乾杯をする。プクプクと下から湧き上がるシャンパンの泡越しに映る彼の瞳を、桃山杏菜(ももやまあんな)は心から愛おしいと思った。 今日は杏菜の27回目の誕生日。 お祝いなんてしなくて良いと伝えたのに、恋人の佐古零斗(さこれいと)はきちんとホテルの高級レストランを予約してくれた。杏菜は零斗の隙のない優しさに、いつも感心する。 「まだ27か。若いなぁ」 「まぁ、零斗に比べれば。でも、もうアラサーだから」 「そんなこと言ったら、俺なんてアラフォーだよ」 そんな風に苦笑いをする零斗は、杏菜より10歳年上の37歳。しかしその見た目は洗練されていて、とてもあと3年で40代になるようには見えない。 自分と零斗は釣り合わない。 杏菜は度々そう感じる。 今日だって、こんなに豪華なディナーに招待されるとは思ってなかった。このシャンパンだって、とても美味しいけど一体いくらするのだろうか。杏菜は零斗と居られれば、それだけで幸せなのだ。他に何も望んでなどいなかった。 「今日はこの後、最上階のスイートをとってあるんだ」 「え?でも、奥さんは・・・」 「うん、今日は大丈夫なんだ」 「そうなの?」 「せっかくの杏菜の誕生日だからね。今日は一晩中一緒にいよう」 食事を済ませた後、零斗はスマートに杏菜をスイートルームまでエスコートしてくれた。こんな風に尽くされる誕生日は生まれて初めてで、何だかくすぐったい。 しかしそれと同時に、零斗の家族の事が頭を過ぎる。 零斗には結婚して5年になる妻と、3歳の娘がいる。零斗の妻、あかりは元モデルで今は料理研究家として活動している。ヘルシーでオシャレなあかりの料理は人気を集めていて、本を何冊も出していた。あまり流行りに関心のない杏菜だが、零斗の妻は雑誌やテレビで何度か見かけたことがあった。あかりは綺麗で毎日美味しい料理も作ってくれる、絵に描いたような完璧な妻だった。 そんな完璧な妻を持ちながら、なぜ零斗は自分のような一般庶民と一緒にいるのか。杏菜はいつも不思議だった。 仕事は病院の医療事務だし、とくに美人というわけでもスタイルが良いわけでも、お金がある訳でもない。別に夢も希望もないし、毎日をただ淡々と生きてるだけ。楽しみは、大好きなザッハトルテを食べることと、サッカー観戦をすることぐらいだ。 どこにでもいる、普通の女。それが杏菜だった。
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