105人が本棚に入れています
本棚に追加
最後の誕生日
「お誕生日おめでとう」
「ありがとう」
2人はそう笑い合うと良い音でグラスを鳴らし、シャンパンで乾杯をする。プクプクと下から湧き上がるシャンパンの泡越しに映る彼の瞳を、桃山杏菜は心から愛おしいと思った。
今日は杏菜の27回目の誕生日。
お祝いなんてしなくて良いと伝えたのに、恋人の佐古零斗はきちんとホテルの高級レストランを予約してくれた。杏菜は零斗の隙のない優しさに、いつも感心する。
「まだ27か。若いなぁ」
「まぁ、零斗に比べれば。でも、もうアラサーだから」
「そんなこと言ったら、俺なんてアラフォーだよ」
そんな風に苦笑いをする零斗は、杏菜より10歳年上の37歳。しかしその見た目は洗練されていて、とてもあと3年で40代になるようには見えない。
自分と零斗は釣り合わない。
杏菜は度々そう感じる。
今日だって、こんなに豪華なディナーに招待されるとは思ってなかった。このシャンパンだって、とても美味しいけど一体いくらするのだろうか。杏菜は零斗と居られれば、それだけで幸せなのだ。他に何も望んでなどいなかった。
「今日はこの後、最上階のスイートをとってあるんだ」
「え?でも、奥さんは・・・」
「うん、今日は大丈夫なんだ」
「そうなの?」
「せっかくの杏菜の誕生日だからね。今日は一晩中一緒にいよう」
食事を済ませた後、零斗はスマートに杏菜をスイートルームまでエスコートしてくれた。こんな風に尽くされる誕生日は生まれて初めてで、何だかくすぐったい。
しかしそれと同時に、零斗の家族の事が頭を過ぎる。
零斗には結婚して5年になる妻と、3歳の娘がいる。零斗の妻、あかりは元モデルで今は料理研究家として活動している。ヘルシーでオシャレなあかりの料理は人気を集めていて、本を何冊も出していた。あまり流行りに関心のない杏菜だが、零斗の妻は雑誌やテレビで何度か見かけたことがあった。あかりは綺麗で毎日美味しい料理も作ってくれる、絵に描いたような完璧な妻だった。
そんな完璧な妻を持ちながら、なぜ零斗は自分のような一般庶民と一緒にいるのか。杏菜はいつも不思議だった。
仕事は病院の医療事務だし、とくに美人というわけでもスタイルが良いわけでも、お金がある訳でもない。別に夢も希望もないし、毎日をただ淡々と生きてるだけ。楽しみは、大好きなザッハトルテを食べることと、サッカー観戦をすることぐらいだ。
どこにでもいる、普通の女。それが杏菜だった。
最初のコメントを投稿しよう!