猫を追いかけた日

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箱から慎重にザッハトルテを取り出して、付けて貰ったフォークで1口食べる。立ちながら食べるなんてお行儀が悪いとは思ったが、どうしてもここで零斗と食べたかった。杏菜はそのまま、黙々とザッハトルテを口に運ぶ。 「あ、コーヒーも持ってきたんだよ。ペットボトルだけど」 2人で食べる時は必ず、コーヒーと一緒にと決めていた。だから杏菜は来る途中のコンビニで、コーヒーを買ってきたのだ。 「・・・美味しいね?」 天国からここに降りてきているはずの零斗に向かって、話しかける。 きっと零斗はバレンタイン同様、ホワイトデーも美味しいザッハトルテを2人で食べたかったはずだ。そしてバレンタインもホワイトデーもザッハトルテなんて自分達らしいと、2人で笑いたかった。 杏菜は凍えそうになりながらも、路地裏でザッハトルテを食べ切った。 いつもと同じ味なはずなのに、寒さのせいか、いつもより甘みを強く感じた。 食べ終わった後、その場に持ってきたお線香と、真っ赤な薔薇の花束を備える。 亡くなった人に薔薇の花束はどうかとも思ったが、生前、零斗が1番好きだと言っていたのを思い出して薔薇にしたのだ。 「・・・ずっと大好きだよ、零斗」 薔薇には、『永遠の愛』という花言葉もある。零斗は何度か薔薇の花束をくれたことがあった。もしかしたら、花束越しに愛を伝えてくれていたのかも知れないと、今更ながらに気付く。 「・・・もしかして、あんな・・・さんですか?」 「え?」 線香の光が消えるのを見届けて、杏菜がその場から立ち去ろうとすると、1人の少年に声を掛けられた。 「佐古・・・零斗さんの恋人の、あんなさんですか?」 驚いて、何て返事をして良いのか分からなかった。だから黙ってその場に立ち尽くしてしまう。 「・・・あんなさん、ですよね?」 少年は何も答えない杏菜に、しつこく聞いてくる。報道で零斗と杏菜のことを見たとか、そんなところだろうか。もう追いかけ回されるのは収まったと思っていたのに、今更こんな子どもに声を掛けられるなんて。その場からどうやって逃げ出そうか考えながらも、 「・・・はい、そうですけど・・・」 と、あまりにもしつこかったので、思わず返事をしてしまった。 「ああ、やっぱり!良かった、やっと会えた!あなたをずっとずっと探していたんです」 1人で喜ぶ少年に、杏菜はどんな顔をして良いのか分からなかった。見た目は小学生3年生ぐらいの男の子だか、立ち振る舞いは妙にしっかりしている。少年をマジマジと眺めてみるが、見覚えがない。知り合いという訳ではなさそうだ。 なぜ彼が自分をずっと探していたのか、全く検討もつかない。
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