106人が本棚に入れています
本棚に追加
いくら子どもでも、全部忘れてと言われて忘れられる訳が無い。つまりは何よりも杏菜が好きで、好き過ぎて辛くなってしまったという事だろうか。
そんな気持ち、残念ながらまだ子どもの保に分からない。しかし今は難しくて理解できない零斗の気持ちも、いつか大人になった時に分かるようになれば良いなと思った。
「本当ですか?あっちのビルですね?ありがとうございます!」
そんな風に色々な話をしながらトルテを探していると、とうとう子猫を見たという人に出会った。
「このビルに入っていくのを見たらしいよ。寒いから暖を取りたかったのかな」
零斗がそう言って指を指したのは、随分前からテナントが入っていない廃ビルだった。表側は鍵がかかっているが、裏側に鍵が壊れているドアがある。保は何度かこっそり友達と忍び込んだことがあった。
「どうやって入るんだ?これ。事情を話して、管理会社に開けてもらうか?」
「鍵、空いてるところ知ってる。こっち」
保はビルの裏手を目指して走り出す。それに零斗も続いた。
「ほら、ここ。空いてる」
「本当だ。さすが地元っ子」
「うん、地元の子は大抵知ってる」
ビルの裏手から中に入ったが、中は薄暗くて何も見えない。
「あ、ちょっと待って」
零斗は保を呼び止めると、カバンの中からペンライトを取り出す。
「ほら、これで照らせば明るいでしょ?」
2人はペンライトの明かりを頼りに、くまなく館内を探していく。
「トルテー、どこ?」
保はトルテの名前を呼びながら、必死に探した。零斗も猫が隠れていそうな狭い場所を中心に、丁寧に探していく。
そうやって2人は、どんどん上の階へ登って行った。とうとう最上階まで登ってしまい、2人が諦めかけた時、
「ニャー、ニャー」
微かだか、猫の鳴き声が聞こえた。
「保くん、今のって・・・」
「うん、トルテの声だ。外から・・・かな?」
「行ってみよう!」
微かに聞こえる鳴き声を辿りながら、外へ続く屋上の扉を開ける。しかし鳴き声は確実に聞こえるのに、トルテの姿はない。2人は辺りを注意深く見ながら、さらに耳を澄ませる。
「あ、佐古さん、あそこ!トルテだ!トルテがいた!」
保が指を指す先には、転落防止の柵の外で震えている子猫の姿があった。トルテは僅かに空いている、柵の下の穴から外に出たようだった。1歩踏み外せば、転落してしまう危険な場所でうずくまっている。
「寒くて動けなくなってるんだ」
「トルテ、待ってて。今、助けてあげるからね」
「保くんは危ないから、ここにいて。ペンライトでトルテを照らしてくれる?俺が助けに行くから」
「でも・・・」
「大丈夫だよ、必ずトルテを連れてくるから、そんな顔するな」
零斗は保の頭を軽くポンポンと撫でると、トルテの方へ向かっていく。そして柵を器用に登ると、慎重に外に降りて、トルテにゆっくりと近づいた。
最初のコメントを投稿しよう!