猫を追いかけた日

8/9

101人が本棚に入れています
本棚に追加
/69ページ
「ほら、良い子だ。寒かっただろ?」 零斗は優しくトルテに手を伸ばすと、そのまま抱き上げた。小さなトルテの体は酷く震えていて、あと少し発見が遅かったらと思うとゾッとする。 「保くん、手、貸して。とりあえずトルテをお願い」 「はい!」 保は零斗の方へ駆け寄ると、受け取ろうと精一杯腕を柵の上に伸ばす。その腕にトルテを届けるため零斗も手を伸ばした。 「トルテ・・・」 そうやって保がようやくトルテを受け取った時だった。 「ニャー!」 トルテが勢い良く鳴いて、足をバタバタさせた。 「うわっ!」 それは本当に一瞬だった。 何とかトルテを自分の胸に抱えた保の前に、いるはずの零斗の姿が無くなっていた。 何が起こったのか理解できない保は、トルテを抱いたまま立ち尽くす。 ドン、ドサっ。 数秒後、ビルの下から鈍い音が聞こえた。 「佐古さん!!」 転落防止柵の穴から、必死に下をのぞく。 するとそこには仰向けに倒れている零斗と、辺りに広がる赤い血の海が見えた。 「佐古さぁぁん!!」 保は泣きながら、急いで来た道を引き返す。もう無我夢中だった。ようやく1階まで降りると、ぐったりとした零斗が見えた。 「佐古さん!佐古さん!」 必死に名前を呼びながら近付く。よく見ると微かながら、まだ息があった。 「待ってて、今、救急車!」 「・・・呼ばなくて、いい。これは、罰だから」 「でも!」 「悪い事した罰だ・・・君は・・・ここから、逃げて・・・全部忘れて」 「でも!!」 「あんな・・・あんなにだけ・・・本当のことを言って」 「わかりました!あんなさんには伝えます!・・・必ず、伝えます!」 「ありがとう。逃げて、早く・・・」 零斗はそれだけ言うと、声が聞こえなくなった。そして零斗の唇が最後に微かに動く。 『あんなあいしてる・・・』 その最後の言葉を、保はしっかりと見届けたのだった。 それから保は零斗の言う通り、全力で走って逃げた。しかし途中で気になって、引き返した。 「あそこに、人が!人が倒れてるんです!」 「え?!あ、本当だ!!救急車!」 どうしようか迷った挙句、近くを通りかかった大人に零斗が倒れていることを伝えた。そしてその人が救急車を呼んでいる隙に、保は家に帰った。 保の胸にはしっかりと、トルテが抱かれていた。
/69ページ

最初のコメントを投稿しよう!

101人が本棚に入れています
本棚に追加