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希望を失った日
しばらく穏やかな日々が続いていた。
仕事が忙しいらしく、零斗とは誕生日の日以来会えていなかったが、メッセージのやり取りはしている。
零斗から時々送られてくるメッセージはいつもと変わらなくて、本当に自分の取り越し苦労だったと杏菜は安堵した。
しかし状況が急変したのは、誕生日から一週間後の事だった。
「え?!ちょっと、桃山さん、ニュース速報見て!」
休憩室でいつものように同僚達とお昼ご飯を食べていると、テレビを指さして同期の戸塚みなみが大きな声で叫んだ。みなみは杏菜と同じ医療事務の仕事をしている、唯一の同期だ。
杏菜はみなみの声に驚いて、スマホを見ていた顔を上げてテレビに視線を向ける。
『速報:株式会社ゼロ代表取締役社長 佐古零斗さん(37)を遺体で発見』
その文字をみた瞬間に、杏菜は動けなくなった。
「佐古さんって骨折した時にうちに通院してたよね?」
「うん・・・」
みなみの問いかけに、頷くことが精一杯だった。
そして再び、スマホを確認する。
確か2日程前までは、零斗から返信があった。昨日はメッセージが一通も届かなかったが、忙しいのだろうとあまり気にしていなかった。今までも忙しい時は、数日経ってからメッセージが返ってきたりもした。
「・・・何で亡くなったんだろうね?桃山さん、佐古さんとけっこう仲良かったよね?」
「あ、うん、まぁ・・・通院してた時はたまに話してたけど・・・」
みなみはもちろん、病院内の誰も零斗と杏菜が不倫していることは知らない。だから休憩室の中には容赦ない言葉が次々と飛ぶ。
「殺人じゃない?社長ってけっこう恨まれそうだし」
「金銭トラブルでの殺人、ありそうだよね」
噂好きな看護師達の心無い発言に、杏菜は心が張り裂けそうになった。
それでなくても、少し前まで自分の傍で笑っていた零斗が死んだなんて信じられないのに。
「・・・ちょっと電話かけてきます」
そんな雰囲気に耐えかねた杏菜は、そう言い残すと休憩室を後にした。そしてベランダに出ると、真っ先に零斗へ電話をかけた。
零斗が死んだなんて嘘だ。
デマが流れているに決まっている。
杏菜はスマホを持つ手が震えていた。
お願いどうが電話に出て。いつもみたいに、どうしたの?って優しい声で聴いて。
強く願いながら、電話の奥の声に耳をすませる。しかし聴こえてきたのは、杏菜が望んでいたものではなかった。
「この電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていない為、お繋ぎできません」
冷たい音声が杏菜の心に響いた。
それから何度かけても、何度かけても、零斗に電話が繋がることはなかった。
『今、どこにいるの?とりあえず連絡下さい』
結局お昼休み全てを費やして電話をかけたが零斗には繋がらず、わずかな奇跡に望みを託して、こんなメッセージを送ることしか出来なかった。
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