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秘密のお出かけ
『小田原さん、姉さん知らない?』
「いや、知らないけど」
突然かかってきた電話に出るなりこうだ。相手はわかるのだが一応名乗れ。
と思っていると、
『⋯⋯えぐ』
!?
「えっ、なっ、何泣いてんのよ、いや、泣いてんの?え?」
『なんでもないもん』
電話は切られる。
「⋯⋯」
初めて高尾が泣いているのを見⋯⋯いや、聞いた?が、つまりそれくらい珍しいことというか、本当に何があったのか。
大慌てで家を飛び出した。
ピンポーンとチャイムを鳴らす。反応はない。
どこかへ行ってしまったのだろうか?と首を傾げていると、唐突にドアが開いた。
猫を抱え、ムスッとした顔で出迎えられた。
「⋯⋯」
「あっ高尾」
泣き止んでいたようで安心し
「ぴええぇ」
全然泣き止んでなかった。
「はいはい泣かない泣かないどしたどした」
結構泣きじゃくっているのでこちらも困惑している。
京王ならいつもの事なのだが、相手は高尾だ。
「姉さんがいないのー!」
「え」
「幽霊さんに聞いてもみんな知らないって言うし、至る所に電話したのにいないって言うし」
「え、それがどうかし」
「あの姉さんが私に何も言わずお出かけするわけないもんー!」
「ええ⋯⋯」
「ぴぎゃああ」
姉のせいでなりを潜めていたが、こいつもこいつで重度のシスコンだった。
「姉さん大丈夫かな、お散歩かな、誰かに誘拐されたのかな、それとも会社に呼び出されて廃線なのかな、倒産したのかな、いや突然すぎるし大手の鉄道会社はある程度安泰だからそれは無い、もしかしてなにか失敗してこってり絞られて、鞭打ちでもされてるのかな、お仕置きと称して酷いことされてるのかな、も、もしかしてまさか私のこと嫌いになったのかな、そうかもしれない。お料理上手じゃないし、隠し事全部幽霊伝いに暴いちゃうし、相模原みたいに優秀ってわけでも無いし」
「待て待て待て待てとまれとまれ」
言葉の吹雪を吹き付けられて反応が遅れた。
抱きかかえられている猫も苦しそうに唸っていた。
こいつ早くなんとかしないとマズそうだ。
「落ち着きなさい、京王があんたを嫌うわけないでしょ」
「じゃあ誘拐?でもそうだとしたら、幽霊たちも知らないなんてありえない⋯⋯」
「それは知らんけどさ⋯⋯」
「ああやっぱり姉さんは出て行っちゃったのかな」
「いつからいないの?」
「起きたらもういなかった」
「何時くらい」
「8時⋯⋯朝ごはんしか用意されてなかった」
「⋯⋯もう1時か」
京王に限って絶対にありえないと断言できそうなのだが。
「小田原さん私を殺して」
「早まるな」
「死ぬならせめて姉さんに愛された人の手にかかりたい」
「いや訳分かんないから!」
「さあ、ひとおもいに高尾山破壊してよ!!巻き込まれてきっと存在意義もなくなって私消えるから!」
「天災レベル!?」
「姉さんに愛されない私なんて生きてる意味ないのー!」
「ヤバいやつの思考じゃないのそれ!?」
若干目を血走らせた高尾に襲いかかられ、リビングを逃げ回る。
すると、ガチャっという音がした。
高尾は動きを止める。
近づいてみると、瞬きも呼吸も止めている。
「息はして、ねえ、高尾」
ポロポロと大粒の涙だけがこぼれている。
猫は、腕からするりと抜け出すと、ドアの前にちょこんと座った。
「ただいま。あれ、小田原来てたの⋯⋯」
空間は静寂に包まれる。猫が京王に飛び乗る。
「た、高尾!?」
京王は手に持っていたカバンをそっと机の上に置くと、高尾を抱きしめる。
猫は必死にしがみついていた。
「どうしたの、大丈夫か、どこか痛いのか、小田原になにかされたのか、どうした、泣かないで、泣かない⋯⋯えぐっ」
「私何もしてないしなんであんたまで泣いてんのよ!」
「た、高尾に悲しいことがあったなんて、辛すぎて⋯⋯ひっく、耐えられない⋯⋯」
駄目だこいつら⋯⋯早く何とかしないと⋯⋯。
「ね、姉さん⋯⋯」
「どうしたんだお姉ちゃんになんでも言っていいんだぞ」
「頑張ってお料理上手になるから捨てないでください⋯⋯」
捨て⋯⋯?
「捨てるわけないだろう一緒にやろうな」
「もっとお仕事頑張るから売りに出さないでください⋯⋯」
売り⋯⋯?
「売るわけないだろう一緒にやろうな」
何なのこいつら。私はさっきまで心臓飛び出るほど焦ってたんだけど。
「あんたどこ行ってたのよ」
「ちょっと、高崎の別荘に」
「高崎⋯⋯日鉄の別荘?」
「そうだ、その袋⋯⋯」
高尾にしがみつかれて動けなさそうな京王の代わりに、袋の中身をだす。
「あら」
中にはさらにいくつもの袋。
一つだけ、簡易に包まれているものがある。
その他は装飾が施され、丁寧に包まれている。
「これ空けていい?」
「いいぞ、私のだ」
手に取ると、柔らかい。
包装を剥がしていくと、中からふわふわしたものがでてくる。
これからの季節にちょうどいい。
「セーター?」
高尾はようやく拘束を解く。その表現がぴったりだと思った。
「ああ。編んだんだ」
「えっ手で?」
「そうだぞ」
少し得意げな京王。
「でもなんで高崎のとこに?」
「そ、それはだな」
京王は、袋の中から緑色のものを取り出す。
「はい」
ニコッと笑い、高尾に差し出した。
「⋯⋯私に?」
「これから寒くなるからな。風邪を引かないように温かくしないと」
「⋯⋯」
袋を見つめる高尾。
「えへへ、うん、そうだよね。私がいないと姉さん風邪引いちゃうもんね」
「もー高尾はいつもー!」
にへーっと嬉しそうな笑顔を浮かべる高尾だが、何だか今の私は微妙な気持ちである。
京王は、小さなセーターを出すと、にこにこと猫に見せる。
「ほら、たまどうのためにも作ったぞ」
「わーい!」
「え?」
「⋯⋯」
今、この猫喋った⋯⋯?
「にゃーん」
「遅い」
「にゃご⋯⋯私としたことが失態だわ⋯⋯」
「⋯⋯」
考えてはいけない。そもそも私たちだってどういう存在なのかわからない。ならこういう奴がいてもおかしくない。
「で、結局あんたはこっそりセーター編みに遠くまではるばーる行ってたの?」
「内緒にしておきたいなーと思っていたら、山手が提案してくれて⋯⋯たまーに行って、作っていたんだ」
「ゆ、幽霊さんは空気を読んで何も言わなかったのか⋯⋯」
幽霊さんとは一体。まあ別にもうなんでもいいや。
「とにかく、一件落着でいいのよね」
「結局、何があったんだ?」
「こいつ、あんたが何も言わずに出てったからって泣きながら電話かけてき」
「パソコンの隠しフォルダ消すよ」
「ごめんなさい」
「???」
なんでそんなことまで知ってんだ。プライバシーはどこ?どこに行ったの?
実は適当なことを言われていたのだが、当然私に知る由はない。
京王の必死の詮索を何とか抑え、時間も時間なのでお昼ご飯を作らせる。私は当然ご馳走してもらった。気苦労料だ。
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