1章 カエルが叶えた願い

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『明日は帰ってくるよな?』  夜7時、お昼寝をしなかったせいで、早めに優斗(ゆうと)は寝てくれた。携帯電話を確認すると、優(すぐる)からそんなメールが入っていた。  私は溜息をつくと、ぎゅっと携帯を握り部屋を出る。 「並子(なみこ)~。お風呂入れば? 優斗は私が見てるから」  廊下を歩いていた私に母がそんな優しい提案をしてくれた。 「本当? 助かる。ゆっくりお風呂なんて久しぶり~。母さん、ありがとう~」    自宅じゃ湯船にゆっくり浸かってお風呂、なんて時間はなかった。  だからこうして実家に帰ってくると、ちょっとした母の心遣いが嬉しかった。  ああ、家に帰りたくない。  でも、仕事もあるしなあ。  私は溜息をつきながら、扉を開ける。  服を脱いで浴室のドアを開けると、むわっと湯気がもれ視界が一瞬白く曇った。  とりあえず、体を軽く洗って、湯船に浸かろう。  私は曇ってよく見えない浴室内で、足を滑らさないように慎重に歩く。そして体を軽く流し、どぼんと浴槽に入った。肩までつかると一気に疲れが取れるような心地よさに包まれた。  ああ、本当、疲れた。  そして曇った浴室を見渡し、目を閉じる。 「?」  しかし視界に、何か緑色のものが見えた気がして慌てて目を開ける。 「か、かえる!」  私は慌てて、浴槽から立ち上がった。  が、カエルはそんな私に動じることなく、ぷかぷかと暢気に湯船の上に浮かんでいる。    母さん、なんでカエルなんかいれちゃったのよ!  私は嫌だいやだと思いながらも、それを捕まえようと手を伸ばした。 「おい、並子!」 「?!」  そのカエルは丸い瞳をぎょろっと私に向けた。 「は、話した!」 「まあ、そう驚くな。わしのこと覚えているか?」 「????」  覚えている?  何のこと?  だいたい、なんでカエルが話しているの?  私、夢みている? 「無理もない。覚えてないか。あれは半年前のことだった。ガキに囲まれていたわしを助けてくれただろう?」  半年前、そういや実家に来てた。  ああ、でも、そんなことがあったような、なかったような。  はっきり覚えてない。 「わしはあの時のお礼をするためにきた。なにか願い事はあるか?」 「願いごと?」 「そうだ」  カエルはぴょんと、湯船から床のタイルの上に飛び移ると私を見上げる。  夢、夢に違いない。  カエルが話すなんてありえない。  きっと夢なんだ。  でも夢だったら、  私は唾を飲み込むと願いを口にする。 「人生をやり直したい。旦那と、積谷(せきや)優(すぐる)と結婚していない人生を送りたい!」 「……そんな願いでいいのか?」  カエルは意外そうに目を瞬かせる。 「うん」  夢だもん。  結婚する前の、独身のときのような自由が欲しい。  仕事もばりばりして、飲みにも行って……  そんな思考の中に、優斗の顔が混じり、一瞬罪悪感を覚える。   でも私は夢だもんと首を横に振った。 「いいだろう。叶えてやろう。目を閉じるがいい。そして十、数えろ」  カエルが偉そうにそう言い、私は目を閉じる。  大丈夫。夢だもん。  少しくらい夢見てもいいはずだ。  だって私は毎日、頑張っている。  たまには甘い夢を見てもいいはずだ。 「一、二、三……四……」  恐る恐る、私は数を数えていく。 「七、八、九、十」  そうして十まで数えきった時、ぎゅっと思いっきり肩を誰かに掴まれた。振り向くとそれはあの銅像そっくりに変化したカエルで、私は悲鳴をあげそうになる。  カエルはそんな私に笑いかけると、馬鹿力で私の顔を湯船に押し付けた。  ごぼごぼっと水が口から鼻から入ってくる。    殺される!  私は必死に抵抗を試みる。でも、カエルは力をまったく弱めようとしなかった。 「大丈夫だ。わしを信じろ。次に目が醒めたときは、お前が望んだ世界になっている」  カエルの声がそう聞こえ、私は苦しさの中、ついに意識を失った。
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