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「あなた、どなたです」
そのときになって僕は初めて、自分は誰かと口論をしていることに思い至ったのだった。なんとも間抜けな話だが、それだけ東丈失踪事件にパニックになってしまっていた証拠と思ってほしい。そして、気がついた。
「あれ、あなたは、見たことがあるぞ、俳優の勝新太郎さん?それが、パンツ一丁なんて、あの人が露出狂だとか、聞いたことはないな」
「もちろんだ。勝新太郎氏の名誉のためにも、あの御仁は、露出狂ではない。ただ、わしはあの人のファンでな、その姿を無断で拝借しただけなのだ。気にするな」
「はあ、まあ、気にはしませんが。なんで、パン一」
「なんなら、素っ裸でもいいが、それでは、お前が今後生きる希望を失ってはいけないからな」
顔は苦みばしっているが、肥満体系で、日本人の典型的な胴長短足、しかもほぼ五頭身。これは・・”この世の人間”と考えるほうがよほど無理があった。
「じゃあ、パンツ、はいていてくださいで、あなたは、何者なんです?」
「只者ではない」
「それは、わかりますよ、変態親父さん」
「変態ではない、わしは”ひらりん”だ」
「ひ、ひらりん!」
「わははは、どうだ、驚いたか、恐れ入ったか」
「いや、どなた様ですか」
「わしを知らんのか」
「知りません」
「ちい、しまった。わしが”バチガミ”で名前を売るのは、20年近く未来の話だからなあ」あらためて、パン一のカツシン男は言った。
周囲に、といっても、めったに人が通る場所ではないので、確認しようもないが、パン一のおっさんの存在に気づいた人間は、ここにはいなかった。むしろ、僕を遠巻きにして避けているのがあまりに露骨だった。これは・・このまま、この”ひらりん”と話をしていたら、警察に職質をされるか、このまま誰かに通報されて精神科の病院送りにされるかもしれない。そのことに思い立ったのである。
これは、ちょっと場所を変えたほうがいいに違いない。僕は、場所を変えることにした。
あまりの精神的ショックの結果、パン一のカツシンの妄想を見るようになってしまった。それは、十分ありえることだった。
「ふん、少しは状況がわかるようになったな、うつけものめ」
「とはいうものの、どうなっちゃうんですか、この世界は。いずれ、”幻魔”の手によって、破滅してしまうのかなあ」
「おまえさんは、そうなってほしいのか」
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