むかしむかしの物語

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そう、記憶の底には朧気(おぼろげ)だが母者(ははじゃ)はいる。 多分オレの最初の記憶なんだと思う。 オレは母者に手を引かれて、山の中を走っている。 真っ暗な夜の森だ。 オレはやたら顔にぴしぴし当たる(とが)った葉や枝に 半べそをかいていたのを覚えている。 でも母者は、固くオレの手を握ったまま離してくれない。 時々ふり向いて、オレの頭越しに遠くを見ていた。 その緊張した白い(おもて)が、夜の闇にもくっきりと浮き上がり、 子供心にも大層恐ろしくもあり、美しくもあった。 オレはべそをかきながらも、何も言わずにただ走っていた。 突然、一瞬の明るい火のような熱いものがいくつも飛んできて、 母者と手が離れた。 その(あと)は、オレはこの森をひとりで走っていた記憶しかない。
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