比べ物にならないくらいの愛情

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比べ物にならないくらいの愛情

和馬とはこのままではいけないと思い、彼に電話を掛けることにした。 ちょっとした電話を掛ける音は緊張感を走らせる。 『もしもし』 彼は戸惑ったように、電話に出る。 『あ、もしもし。和馬?笑那だけど……この間はごめんなさい……。和馬にあんな酷いことを言ってしまって。私もどうかしてたの……。』 私が声色を変えて言うと、彼はホッとしたのか、 『ううん。こっちこそごめん。あのさ、弟の事知ってたのは何かの偶然?』 と聞く。 何かの偶然と言われれば偶然だが、そうではないと言われればそうではない。 これ以上、彼に嘘をつきたくなかった私は彼に本当のことを話す事にする。 『うん、実はね……和馬の死んだ弟、今私の部屋にいるんだ。信じてもらえないのは分かってる、でもこれ以上和馬のあんな顔見たくないの。起きたら突然私の隣で寝ててね……私も最初は驚いたんだ……。』 和馬に嫌われる……。 絶対信じてもらえてない。 そう思ってた、その時、 『やっぱり……。』 と微かに小さな声で彼は言う。 『え、やっぱり?』 と私が聞き返すと彼は、少し寂しそうな声で言う。 『うん、笑那のこの前の言葉を聞いて1人で考えてたんだ。そしたら、もしかしたら、弟は幽霊として生きているのかもしれないと、そう思ったんだ。ねえ、笑那?その玲音は、俺には見えるの?』 彼はきっと弟に会いたがっていると今の話を聞いて私は確信する。 彼は弟が嫌いなんかじゃない。弟が好きでしょうがなくて……だからいつも自分から突き放していたのだ。 『この幽霊は残念なことに私にしか見えないみたいなんだ。 和馬……ごめんね。私、和馬の気持ち、考えてなかった……。』 私は、彼の何を見てきたのだろう。 何も見えてなかった。彼の感情なんて見ようともしなかった。 そう考えると、自分が情けなくみえる。 『なんで……。なんで俺のとこにはきてくれないんだよ。そうだよな……。恨んでるよな、俺のこと。笑那…… ?』 電話越しに聞こえる彼の声は、聞いたことのない掠れた声をしている。 彼は必要以上に自分を責めている。 彼も二年前から時間が止まったままーー。 本当はどこの兄弟よりもずっと、お互いのことを思っていたのに、それを言えないまま時が流れてしまっている。 『ん……?』 『弟に伝えて欲しい。本当はすっごいお前のこと大好きだったよって。嫌いなんかじゃないって。』 彼のこの言葉は本心そのもの。 私は初めて彼の本心に触れた気がした。 『わかった、伝えておくね…。私も少し安心した。和馬、本当に玲音くん、大好きなんだね。』 といい私は電話を切る。 すると、すぐ今の事を玲音、本人に伝える。 「え……?兄貴、そんなこと言ってたの?それ、多分嘘だよ。俺、兄貴にそんな大切にされた記憶ないし。」 彼は、私の部屋の机に座って話を聞いている。 彼は嘘だと言うのだ。 私は首を強く振る。 「違う。あの声……違うよ、玲音くん。玲音くんに今の和馬の気持ち、聞かせたかった。あの和馬は本当に本当に、玲音くんを失って後悔してたよ。あの時、玲音くんに何もしてやれなかったって。それでも嘘だと言うの?」 泣きたくなる。 ここまでも和馬が、真剣に言っていたのに、それを嘘だなんて。 「じゃあさ、聞くけど笑那ちゃんは、兄貴の何を知ってんの?」 そう言われ、私は言葉を詰まらせてしまう。 「それは……」 私は、和馬のことを何も知らない。 弟の存在ですら知らなかったんだ。 彼に何かを言う資格なんてない。 「……なんてね。ごめんね、冗談。笑那ちゃんの困った顔、見てみたかったんだ。笑那ちゃん、いつも我慢してるから。」 彼は冗談だと満面の笑みを浮かべて言う。 その顔はいつも以上に可愛らしく、私の鼓動がドキドキしているのが分かる。 あれ……私なんでこんなにもドキドキしているのだろう……。 「あ、笑那ちゃん、顔真っ赤。どうしたの?熱でもある?」 彼は私に近づいて、額と額を合わせる。 だけど、幽霊は幽霊だ。 その体温がわかるはずもなく、 「……ごめんね。笑那ちゃんの体温、確かめたいけど分からないみたいだ。」 と、彼は私に背中を向けた。 本当は温かいはずの彼の体温ーー。 それが嘘のように冷たい。 そう思うとまた涙が出てきて、悲しくなる。 私はふと思った。 「あ、そういえばなんで玲音くんは幽霊になって、この世に戻ってきたの?やり残したことがある、とか?」 幽霊は、この世に何らかの強い気持ちがある人がなる、と昔から言い伝えられている。 なので私はその事がずっと気になっている。 「それがね、俺にも分からないんだ。なんでここに居るのか。目が覚めたら笑那ちゃんの部屋で。ほら、よく言うじゃん?死んだらこの世の記憶が消えるって。でも、兄貴の事は覚えてて……」 あの日、私と同じように彼もこの部屋に来て、驚いていたんだ。 なのに、私だけ怖がって、私だけその現実から目を瞑ろうとして……なんてずるい女なのだろう。 「じゃ、じゃあ、私が一緒に探してあげる。やり残したこと。」 「本当に?ありがとう」 とは言ったものの、勿論そのやり残したことが見つかれば、彼は成仏してしまう。 そんな簡単にやり残したことを探してはあげられなかった。 その嬉しそうな表情は見たことがない。 彼は私に期待している。私も、その期待を裏切りたくはない、絶対に。 「玲音くんの覚えてる限りでいい。私が知らない玲音くん、教えて?」 私は覚悟を決めた。 "彼の隣にいたい。" そう思うけれど、やっぱり彼は幽霊で…いつか別れの時は来てしまう。 彼は、私の顔を見て、頭を撫でる。 「笑那ちゃん、無理して探してくれなくても大丈夫だよ?そんな辛そうな笑那ちゃんの顔、見たくない。」 この人は馬鹿だ。私しか見えないというのに、どうやって自分だけで探すというのだろう。 「大丈夫。やると決めたからにはやるよ、私。途中で逃げ出したくない。」 そうだ。私はやると決めた。途中で逃げ出したりしたら、それこそ彼に失礼すぎるし、人間としてダメだと思う。 「…笑那ちゃん」 彼はそっと私の肩に手を回し、抱きしめる。 その温もりはやっぱり冷たくて、だけど今度はほんのり温かく感じた。 「俺、多分なんだけど生前に、家庭教師がいたんだ。そしてその家庭教師は、兄貴と同い年だった。」 和馬と同い年ーー。 それを聞いて私は、中学時代の卒業アルバムを彼に見せた。 「この中に…いる?」 唾を飲み込み、彼に聞く。 彼は、私の卒業アルバムをめくっていると、私と和馬が写っているクラスで手が止まる。 すると、指をさし、 「これ!この人だよ、俺の家庭教師。」 それは女の人を指していた。 ーー愛田美姫。 彼女は、私の1番の親友で良き相談相手だった。 今は、学校外の活動として、かなり有名なモデルをやっている。 彼女は、高校二年の夏からイジメを受けていた。 高校二年の夏ーー。 「ねえ、知ってる?愛田美姫。」 隣のクラスのギャル達が話す。 「あー、あのぶりっ子?知ってるー。モデルやってんでしょー?自分可愛すぎかよー。」 彼女は、それを陰で聞いている。私はそんな彼女を、親友として見ていられないが、以前に止めさせようとした時に彼女に止められた。 『次はあんたがターゲットにされるよ。ああいうやつは、イジメなんて絶対に辞めないから。』 と。 すると、彼女のイジメは段々とエスカレートしていった。 私がトイレへ入ろうとすると、あのギャル達の笑い声が聞こえる。 「無視してんじゃねえよー。」 バッシャーン 水の音……?嫌な予感がした私は、これ以上は居ても立ってもいられず、先生を呼んだ。 「先生、先生、早く早く!」 私がそういうと彼女たちは、トイレから出ていき、彼女が笑っていたトイレの中から、びしょ濡れの美姫が出てくる。彼女を強く抱きしめると、彼女は声を上げて泣いた。 もちろん、彼女たちは退学処分とはなったが、精神的に耐えられなくなった彼女は、高校二年の冬から不登校になり、学校へはほとんど来ていない。 彼女が、まさか玲音くんの家庭教師をしていただなんて……。今ならわかる。彼女にとって、玲音くんは いなくてはならない存在で、玲音くんだけが生きる希望だったのだと。 私は、明日彼女の家を和馬と訪ねることにした。 『私は、あなたと結ばれたい。』 そう思ってしまう自分がいる。 でもそれはもう叶わない。 私と玲音くんがもっと早くに出会っていれば、結ばれたのだろうか。 きっと結ばれてなどいないだろう。 私と彼はそういう運命でできている。 美姫と彼との間には、何か強い絆で結ばれているのだ。 比べ物にならないくらいの愛情が、彼女を井戸の底に突き落とし…… 比べ物にならないくらいの友情が、彼女を狂わせてしまう。 愛情と友情は共には選べない。 選ぶのはどちらかしかない。 だとしたら、私は……。
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