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親友と裏切りと……。
ーー次の日。
私は和馬と、美姫の家を訪れる。
ピーンポーン
ベルの音が家中に響き渡る。
1年ぶりの再会に緊張が漂う……。
『はい。』
この声は美姫、本人だ。
「あ、笑那と和馬だけど……」
彼女はきっと、今の自分を見られたくないはず。
だけど、彼女はその気持ちを抑えて、家のドアを開ける。
「美姫……」
その姿に驚きを隠せない。
1年ぶりに私の前に立っている彼女は、当時と比べ物にならないくらいやせ細っていて、骨と皮しかない。
「久しぶり。元気……だった?」
無理に元気でいようとしているのが分かる。
「……そんな顔しないで。あ、二人揃って来たって事はレイくんの事?」
レイくんとは、玲音くんの事だろう。
私は頷くと、
「何が聞きたい?」
彼女が、私の目をじっと見ている。
「玲音くんと美姫の関係って……」
私はその目を逸らしながら聞く。
「あー、そんなこと?大した関係じゃないよ。私とレイくんは家庭教師と生徒の中。まあ1回付き合ってたけど、すぐ別れたし。」
堂々と私の知りたかったことを、教えてくれた。
付き合ってた……。そう聞いて、心が締め付けられるほどに痛い。
これでようやく答えが分かりそうな気がする。
玲音くんがここに来た意味を……。
私は、彼女の家を飛び出し、すぐさま彼の元へ向かう。
「え、ちょっと、笑那??」
彼女と和馬が二人きりになる。
昔の私ならそれは死ぬほど嫌だと思う。
今の私は違う。今の私は、和馬がどんな女と一緒にいようと平気。
家に戻ると私は、
"ただいま"
とも言わずに、部屋まで走る。
「多分分かったよ、玲音くん。きっとやり残したことは、その家庭教師の美姫と関係しているんだと思う。今、美姫の家に行って、聞いてきたんだ。そしたら、家庭教師だったけど、玲音くんとは付き合ってたって言ってた。」
それを聞いた、彼の表情はどこか寂しげな表情をしている。
「……そうなんだ。俺、彼女の事も忘れてたんだね。」
彼の目には一滴の雫が零れる。
「玲音くん……」
私は彼を抱きしめる。
この思いは決して、何がなんでも伝えてはいけない。
こんな気持ちを伝えてしまえば、彼は消えづらくなってしまう。
消えないで、なんて自分勝手すぎる。
彼だって本当は消えたくないはずなのに。
ずっとここに残っていたいはずなのに。
「笑那ちゃん……?俺をその家庭教師のとこに連れてってくれない?何か……何か思い出すかもしれない。」
美姫と彼を会わす……
なぜこんなにも心が痛いのだろう。
彼が思い出すだけ。でもそれは同時に、彼女との思い出も思い出すということになる。
「私には……それはできない。」
彼の顔を見れない。苦しい。
成仏できるように手伝うと言ったのに、彼女との思い出を思い出してほしくない。
「笑那ちゃん……わかった。ごめんね、無理言って。」
彼は、部屋の窓の外を見て言う。
私の想いがどんどん強くなる。
こんなつもりじゃないのに……。
「私、これ以上玲音くんが、苦しむの見たくないよ……」
私は、彼の彼女でもなんでもない。
なのに、苦しむのが見たくないなんて、ただの自分の要望。
私の夏休みは、潮水のようにしょっぱい。
「笑那ちゃん、もしかして俺の事……」
勘づかれてしまう。
「そ、そんなわけないじゃん」
私は、咄嗟に誤魔化す。
彼の困った顔をもう見たくはない。
「行くよ。美姫のとこ、行きたいんでしょ?」
私は、自分の気持ちを隠すために、彼を美姫のところへと案内する。
「美……え……なんで?」
それは目を疑う光景。
美姫と和馬は、目の前でキスをしていたのだ。
あの私へのキスは嘘だったのだろうか。
「あのキス、嘘だったの?和馬…。なんで…なんでずっと見てきた私じゃなくて、引きこもりの美姫なのよ!!」
気づいた頃にはもう美姫の家から飛び出していた。
もう自分の気持ちがわからなくなっていた。
玲音くんの事を想うこの気持ちと、和馬の事を想うこの気持ちは同じなのだろうか。
「美姫はそういうやつなんだ……。思い出したよ。俺と美姫は、彼女の浮気現場を目撃して別れたんだ。薄っぺらい関係だったんだ……。」
玲音くんもショックを受けているだろう。こんなにも深刻そうな顔をしてる彼は、今にも消えてしまいそうなほど辛そうにしている。
そして、私も辛い。こんな彼の顔を見るのが……。
「兄貴も兄貴だよ。そんな美姫の感情に騙されて……。笑那ちゃん可哀想」
ダメ。これ以上、優しくされたら本当に私は、玲音くんのことを好きになってしまう。
「私が悪いの。キスされた時、ビンタしてしまって……」
そう、あのビンタで和馬は私のことを嫌いになってしまったのだろう。
私はそう考える。
「そんなんで嫌いになると思ってるの?笑那ちゃんは。俺はそんなんで嫌いになったりしないけど。」
私は、和馬がもし玲音くんだったら……と思ってしまっている。
だけど、起きてしまったことを元に戻す事などはできない。
「私、玲音くんに生きてて欲しかった。生きてたら私、きっと玲音くんのこと……好きになってたのに。」
そう、彼は幽霊。決してその事を忘れてはならない。幽霊はこの世に残ったままでいると、いずれ地縛霊となってしまう。それだけは阻止したい。
「笑那ちゃん……。」
彼にそっと抱きしめられ、私は少しホッとした。
彼の温もりは、まだ少し温かい。私は誓った。
彼がここにいる間、せめて最後の思い出を作ってあげようと。
もし、この先私が一人になってしまっても……
それでも私は、彼と同じ景色を見ていたいんだ。
そのためには、どんなことをしてでもいい。
そう思っている。
「私、玲音くんのためならどんな試練が与えられても、乗り越えられる気がする。」
私は、彼にそう言ったけれど、彼の表情は決していいものとは言えなかった。
しばらくすると、彼は口を開いた。
「俺は、笑那ちゃんにそんな試練があったとしても、与えたくない。いいか……?俺は幽霊で、君は人間だ。幽霊と人間の恋なんて、決してあってはいけないんだ。」
そんなことはわかっているけれど、それは果たして本当にあってはならないことなのだろうか。
確かに、幽霊と人間の恋なんて聞いたことはない。
だけど、恋をしてはいけないという法律もない。
「私は耐えられるよ?それでもダメだというの?」
そう言うと、彼の顔は困った様子だった。
もういい……。そんなに困らせるつもりなんてなかったのに。
「ごめん……。忘れて。」
彼がもし、この世から消えてしまったら私の事を忘れてしまう。
彼がもし、この世から消えてしまったら……私は彼の事をちゃんと覚えているのだろうか。
そう思ったら、なんだか焦りだけが私の胸に残る。
「笑那ちゃんと俺は最後まで、いい思い出を作りたいと思ってるよ。」
そう言われ少し安心する。
私のことが嫌いではないとわかったから。
「私も……私も……玲音くんと最後まで思い出作りたい。同じ景色を見ていたい。」
私は、小さな笑みを浮かばせてそう言う。
神さま……一分一秒でも長くどうか……
どうか……彼のそばにいさせてください。
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