嘘と真実、そして彼。

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嘘と真実、そして彼。

「ただいまー」 23時45分。 私は学校の授業が終わった後、いつものようにアルバイトをして、帰宅する。 掛け持ちしているバイトはスケジュールともにハードだった。 家に帰ると兄がリビングで寝ている。 「もう、義兄、またリビングで寝てるの?風邪引いても知らないよ?」 箕輪家長男の箕輪義紀。ちょっとシスコンなところがあるが、私はそれが普通だと思っている。 なぜなら、私の家は普通の家庭とは違うからだ。 私の両親は2年前に事故によって死んでしまった。 だから、兄は私の親代わりなのだ。 「おかえり、笑那。」 彼は箕輪家の次男の箕輪風人。現在、地元の名門大学に通っている。 彼は布団を手に持って、リビングで寝ている長男に優しく掛けた。 「起こさないであげて。こいつ、笑那の帰りがいつも遅いの心配してんだ。心配しすぎて飯もまともに喉が通らないんだ。笑那もそんなに頑張らないでバイトのシフト、少し減らしたら?」 知らなかった。兄がそこまで私のことを心配してくれていたなんて。 だけど、私はバイトを絶対に減らしたくない。 「お兄ちゃんには分からない。好きな人に振り向いてもらえない私の気持ちなんて分からないよ!」 私のことを思って言ってくれたのに、そんな兄に私は反抗してしまった。 私は自分の部屋に入ると、ベッドに横になり、すぐ寝てしまった。 ーー次の日の朝。 私は小鳥のさえずりと共に目が覚めた。 ベッドから動きたくなくて寝返りを打っていると、隣に妙な気配を感じる。 目を疑った。 そこには見ず知らずの男の人が寝ているではないか。 「ふぇ!!!?」 思わず声が裏返ってしまう。 だ、だれ……? 私は彼に気づかれないよう、そっと彼の顔を見たが、やっぱり見たことのない顔……。 しばらくベッドから身動き取れずにいると、隣にいる彼が 「あ、おはよう」 と起きてしまう。 私は、焦りと恐怖のあまりベッドから飛び起き、 部屋のドアの前で突っ立って目を丸くして彼を見る。 何度見てもそこにいるのは知らない人で……。 「だ、だれですか?」 私は警戒しながらも聞くと、彼は笑って私に自己紹介を始める。 「あー、俺と君、初めましてだっけ。改めて、はじめまして。明野玲音です。歳は、16。好きなものはバイク。好きなことは絵を描くこと。よろしくね。あ、一応言っておくと、君のクラスメートの、明野和馬の弟です。」 明野玲音。やっぱり聞いたことが…。 ん?今なんて?明野和馬の弟って言った?彼の瞳は、冗談を言っているような瞳ではない。 もし仮に彼が和馬の弟じゃなかったとして、なぜ彼は和馬の名前を知っているのか。 弟だとしたらなぜ私の部屋にいるのか。疑問ばかりが私の脳裏をよぎる。 「お、おにい……。」 私は誰かの助けを求めようとする。 だけど、彼は 「無駄だよ。」 と言う。 「無駄って何が?ねえ、玲音くんだっけ?これ、不法侵入だよ?和馬だって…和馬だって私の部屋に入ったことないのに。弟だとしても嫌……。」 と声を上げていると、兄が二人揃って 「どうした?」 と部屋に入ってきた。 すると、私は迷うことなく、兄に今私の部屋で起きている事を伝えた。 「あ、お兄ちゃん。今ね、私の部屋に男の人が……」 と私は彼を指しながら言う。 その兄達の様子は驚くほど冷静で、私の方を見てキョトンとしている。 「なあ、男なんていないと思うけど。まず、男なんて俺が、絶対に部屋に上げねえから。誰か来て勝手に部屋入ることなんて、俺がいたら不可能に近いぜ?」 部屋に男の人はいない。じゃあこの人は一体何者だというのだろうか。 確かに、玄関から一番近いには長男がいる。 冷静に考えると、兄が部屋で寝ていたとしても玄関のドアの音に気づかないわけがないし、そもそも私の家は、住人でないとそのドアを開けることなど不可能なカードキーでセキュリティがとても良いのだ。 呆れた様子で、兄は私の部屋から出ていく。 「だから、無駄だって言ったでしょ?」 彼は何もなかったかのように話す。 「どういうことよ。なんで……なんで私には見えてお兄ちゃん達には見えないのよ。」 私の部屋は寒気に覆われ、ますます恐怖の中へと包まれる。 「俺ね、バイクの事故で死んだんだ。君の両親と同じ、2年前の夏に。」 ーー死んだ。 私の目の前にいるその男の正体……。 それは、幽霊だというのだ。 私の両親と同じ二年前の夏に…。 私はすぐリビングに行き、兄に聞きたいことを聞きに行く。 「義兄、風兄、私のお母さんとお父さんって、バイクの事故に巻き込まれて死んだの?……そのバイクに乗ってた人は、高校生の16歳の男の子?」 私は兄達に問い詰めた。 もしその話が本当だとしたら、私の部屋にいるその男の子は現実で、お母さんとお父さんを殺して自分も死んでいったということだ。 「笑那……。なんでそれを……。」 兄たちは驚いたような顔をしていた。 「いいから、答えて。」 私が真剣な眼差しで兄達を見ていると、次男の風人の方が長男の義紀にこう言った。 「もういんじゃない?兄貴。これ以上、黙ってても笑那がかわいそうだと思わない?」 すると、義兄は私の目を見て、 「ここに座って。」 と私を食卓の椅子に座るよう、誘導した。 私は何も聞かず、そこに座ると兄は一枚の紙を持ってきた。 「何、これ」 私はその紙を手に取る。 「中身、見てみて。」 私は言われるままに、その丁寧に三つ折りに折りたたまれた紙を、開いて中の内容を見るとそこには、“診断書”の文字が。 私は驚いて言葉にできずにいると、その顔を見て、兄は少し声を縮めて言う。 「母親と父親は揃いも揃って余命のある病気だった。もうどっちみち長くはなかったんだ。母親はもって後1年、父親はもって後半年って医者に言われてた。いつ死んでもおかしくない状態だった。確かにお前の母さんと父さんは、とある16歳の男子高校生の乗ってたバイクで、たまたま死んだ。でも、あの事故で死ななくても、あと1年後には二人とも死んでたんだよ。」 知らなかった。二人とも余命のある病気だったなんて……。 でも、バイクの事故で二人とも、死んだことには変わりないのだ。 私はあの男が憎くてしょうがない。 「明野……明野玲音……。」 ふと、その名前が頭に浮かんだ。 「え、笑那、なんでその名前を……」 兄達は、また驚いた顔をしてこちらを見ている。 「そ、それは……私のクラスメートの、弟だから。」 決して、私の好きな人の、とは伝えなかった。 きっと兄達は家に連れてこいと言い出し、彼のことをボコボコにしていたことだろう。 「そうだったんだね。」 兄達は私の肩をそっと撫でると、私はその兄達の手の温もりで涙がこぼれそうになる。 「義兄……本当の事、教えてくれてありがとう……」 私は本当のことを教えてくれた兄への感謝と、両親を殺した彼への憎しみと、好きな人の弟が人殺しだとしても彼のことが嫌いになれないこの好きという感情が、自分の中で混ざり合ってよくわからなくなっている。 その全てが悲しみとなり、私はいつしか泣いてしまっていた。 兄たちは私のその姿を見て同情しているのか、何も言わず静かに自分のそれぞれの部屋に戻っていく。 私は、普段家族の前でも泣かないのようにしてきたのに、よっぽど悲しかったのだろう。 この時だけは素直に涙が流れる。 “お母さん、お父さん、今だけは泣いてもいいよね……。許してくれるよね……。” 私は両親の仏壇の前で涙を拭いながら言う。 『笑那、泣きたい時は泣いてもいんだよ。辛かったら泣きなさい。我慢することはないよ。』 そう両親が言っているような気がする。 こうして、両親を殺した男と、殺された両親の娘の同棲生活が始まったのである。
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