加害者と被害者家族。

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加害者と被害者家族。

ーー日曜日の朝を迎えた。 とても気持ちのいい朝だというのに、私の気持ちは気持ちが悪い。 毎朝起きる度、私の両親を殺した男が隣で寝ている。そう思うと、私の心までもが殺されていくような気がする。 罪のある人間が殺されるとかなら百歩譲ってまだ許せる。 だが、罪のない人間までも殺されてしまうだなんて……。 「おはよう」 と彼が起きたようだ。 私は笑顔で 「おはよう」 と返したが、心の中ではこんな生活を抜け出したい気持ちでいっぱいである。 「あ、笑那ちゃん、もしかして俺のこと聞いた?お兄さん達から。」 馴れ馴れしく名前を呼んできた彼に苛立ちを覚える。 「はあ?馴れ馴れしく名前、呼ばないでよ。聞いたよ、お兄ちゃんたちから。事故?事故じゃない。貴方は罪のない人間を殺した、ただの人殺しよ!」 そう言うと、彼は俯いて悲しそうな顔でこちらを見る。 その瞳は、黒曜石のように黒くうるっとした瞳で綺麗だ。 見とれる場合ではないが、正直その瞳には見とれてしまう。 「俺、最低だよね……。罪のない人間を訳もなく殺してしまった。笑那ちゃんの言う通りだよ……。俺は人殺しだ。こんな最低な奴、笑那ちゃんの傍にいる資格……ないよね。」 なんて素直に認めるんだろう。本当に反省しているのだろうか。例え反省していたとしても、私は彼を心の底から憎んでいる。許す気など全くない。 だけど、私が彼の立場になったらきっと……死にたくなるだろう。 でも、彼はもう死んでいて、死ぬことも罪を償うこともできないのだ。 そんな悲しそうな彼の姿を見て、私は彼を強く抱きしめようとしたが、私の手はその体を通り抜けてしまう。 だから私はそっとその体の後ろに手を回す。 「……ごめん。ごめんね……。貴方だって、本当は人なんて殺したくなかったはずなのに……。人殺しなんてなりたくなかったはずなのに……。こんなきつい言い方して……ホントにごめんね……。」 私はまた涙を流す。 なぜだろう。この男が私の部屋に現れてから、涙脆くなっている気がする。 「なんで謝るの?なんで泣いてるの?笑那ちゃんは何も悪くないのに。悪いのは全部俺じゃん。笑那ちゃんが謝ることなんて何もないじゃん。」 確かにそうだ。私が謝る必要なんてどこにもない。 「そうだけど……。私、貴方にきつい言い方して傷つけちゃったかもって……。」 私がそう言うと、 「笑那ちゃんは優しいね。あ、一つ、笑那ちゃんに頼みがあるの。」 その寂しい笑窪を寄せながら言う。 私は曇った空のように表情を曇らせ、 「何?」 と、頭を傾げて言う。 「俺にもしものことがあったら、これを君の好きな人に渡して欲しいんだ。俺にもしものことがない限り、この内容は見ないでね。約束して。 」 渡されたのは一枚のノートの切れ端。 こんな小さいもの、すぐに失くしてしまいそうだった。若しくはゴミと間違えて捨ててしまいそうだ。 私は、この紙に書かれた内容が気になりつつも彼から受け取り、その中身は見ずに、机の引き出しへと仕舞う。 「ありがとう、笑那ちゃん。」 私がその紙を、受け取った時の彼の表情は、ほんとに嬉しそうに笑っている。 その笑顔に嘘はない、そう私は確信する。 ーー次の日。 この日は夏休みなのに学校での講習。 そこには、和馬の姿もある。 先生には、 「お前達、夏休みの講習は強制参加な?」 と言われていたけれど、もちろん本当に来る生徒は私と和馬と何名かぐらいでとても少ない。 「先生、来てない生徒いますけど、俺たちちゃんと来たんで、成績とかあげてもらえますよね?」 先生にそう交渉したのは隣のクラスの生徒。 確か……鵜月葵。 和馬ととても仲のいい男子生徒だ。 「葵、あの先生、そういうの全く聞かないから言っても無駄。」 和馬が言うと、その男子生徒は黙り込んでしまった。 言っても無駄……。 それは、デジャヴのようなものが一瞬蘇る……。 『無駄だよ』 弟の玲音も同じことを言っていた記憶がある。 やっぱり2人は正真正銘の血の繋がりのある兄弟だ……。 そう思うと急に笑えてくる。 ぷハハハハハッ!!! 大声で笑っている私を、周りの人たちは冷たい眼差しをかざして見ている。 「ど、どうしたの?笑那。そんな声出して笑うなんて珍しいじゃん」 和馬はビックリしたように肩を丸めて言う。 「だって和馬、弟と同じこと言って……」 (しまった!!) と思った時にはもう遅い。 和馬の顔を伺うと、知られたくなかったような顔をしている。 「笑那に言ったっけ、俺。」 彼はとても小さな声で言う。 それは自分に自信をなくす子供のような声。 「い、いったよー。もう、和馬忘れたのー?」 そういうと彼はますます顔色を変える。 「それはないよ。俺、弟の事誰にも知られないように言ってこなかったんだから。」 まずい。このままでは、彼に嫌われてしまう。 だからといって、死んだ彼の弟の事を悪く言われるのも、正直いい気分ではない。 こんなに頑張っても彼が振り向いてくれないのなら無意味だ。 私は心に決めた。 彼に嫌われる覚悟を決め、私は怒ってしまう。 「誰にも知られたくない?なんで?何で知られたくないの?弟の存在を知られるのがそんなに恥ずかしい?私は、弟の存在をそんなに必死に隠してる、和馬の方が恥ずかしいよ。玲音くん、言ってた。罪のない人間を訳もなく殺してしまったって。でも、それは事故じゃん。玲音くんは何も悪くないんだよ?それなのに……酷いよ、酷すぎるよ和馬。見損なった。」 そう言うと、彼の顔は私に何か言いたそうな顔をして、少し経つと彼は口を開き始める。 「なんで……なんで笑那は弟の名前も知ってるんだよ……。何で弟が人を殺したって知ってるんだよ……。」 それは今まで私が見てきた中で、一番悲しそうな表情である。 「それは……私の親だから……。玲音くんのバイクの事故によって、巻き込まれて死んだの、私の親なの……。」 決して私は弟が部屋にいる事は明かさなかった。 “あなたの弟が、今私の部屋にいます。” なんて言えるはずもなく、信じてもらえるはずもない。 そんなことを言ったら、今度こそ嘘つき扱いされてしまう。 事実を述べても嘘つき扱いされるくらいなら、いっそのこと何も言わずに心の奥底に仕舞っておこう。そう決心する。 彼は私の親が自分の弟のせいで殺されたと知り、とても驚いた顔をしている。 「お前……そのこと知ってたのにずっと俺に黙ってたのか……?」 それは怒りと悲しみを足したような声だ。 私は首を横に振り、 「それは違う。私が知ったのは本当に2日前で……。それを知った時、正直和馬の弟に殺意湧いたし、憎しみも持った。でも、気づいたの。憎しみを抱えたところで、どんなに叫んだって、死んだ私の親や和馬の弟は帰ってこない。死んだ和馬の弟は、どんなに死にたいと思っても、罪を償いたいって思っても、もう何もできないんだよ?」 涙を必死にこらえ、涙が出そうになっても上を向き、涙が出るのを無意識に阻止している。 バンッ!!!!! と彼は大きく机に手を置き、私に近づいてくる。 彼の顔は、今にも人を殺しそうな顔をしている。 私は目を瞑りながら、後ろへと下がる。 やばい……。 このままだと殺される。 そう思った矢先、 ゴンッ!!! と大きな音。 何事だろう、と思い目を少しずつ開けていくと、目の前には和馬の顔がある。 私は目が飛び出そうなくらいに目を開いた。 「か……和馬……?顔、近い。」 そういうと彼は恥ずかしそうな顔をしながら、 「黙ってろ」 と言い、私の口を塞いだ。 彼を突き放し、目から雫が一滴、零れ落ちる。 「私は……私は……こんなはずじゃなかった……。和馬なんて……大っ嫌い!!」 そう怒鳴って教室を出ようとすると、 「おい、箕輪。どうした?」 教卓にいるあの先生に止められてしまう。 私はどうしても今、和馬と一緒に居たくない。 「すみません、体調悪いので今日は帰ります。」 と言い訳をし、帰っていく。 帰り際に、 「そうか。気をつけて帰れよ。」 と言われた。 和馬がそんなことをする男だったなんて。 そう、男はみんな同じ……。 女の弱ってるところにつけ込んで、面白がって……。 そう思うと泣けてきたので、私は走って家に帰る。 「ただいまー」 私は家に帰ると、兄が2人揃って玄関の前に立っている。 「笑那ー、体調悪くて帰らせたって先生から連絡きて、心配で心配で……。大丈夫なのか?」 義兄が私を強く抱きしめる。 すると、風兄が、 「兄貴、そんなに強く抱きしめたら、笑那が窒息して死んじゃうよ。死んだら、俺一生兄貴のこと恨むよ。」 その目は真剣そのものだ。 私が死ぬと聞いて、義兄は、その腕が止まる。 「あのさ、私……気分悪いから今日は部屋にいるね。夕飯もいらないから。」 そう言って私は自分の部屋に戻る。 部屋に戻ると彼は読書をしている。 「幽霊なのに読書ってするんだね。」 そういうとその本を見せびらかす。 「これ。幽霊がこの世にとどまってしまった時のあの世の帰り方。」 そう言ってまた真剣にその本を読み始める。 そして数十分、部屋が無の空気に包まれる。 (パタン) 彼はその本を閉じて、私の目を見る。 「な、何?」 そう聞くと彼は顔を近づけて言う。 「笑那ちゃん、さっきまで泣いてた?何かあった?」 兄達にも気づかれなかった事を、彼は気づいたのだ。この時に思ったのだ。彼からは逃れられないと。 「なんで?なんで私が泣いてたなんてわかるのよ。」 そう聞くと彼は、 「だって、まつげ……濡れてるしそれに少しだけど、目腫れてるし。」 と彼は私の頬に触れる。その温もりは、幽霊だというのに温かくて……冷たい。 「泣いたら、せっかくの可愛い顔が台無し……。俺でよかったら、何があったか話して?」 そう言われ、私は頷き起きたこと全てを彼に話す。 「……兄貴にキスされた!!!?」 その顔は、本当に驚いた顔をして言って、その声に私をも驚いてしまった。 「なんでそんなに驚くのよ。」 私が頬を膨らませながら聞くと、 「いや、だって俺が兄貴から聞く話だと兄貴、キスなんてした事ないはずだぜ?多分、笑那にしたのがファーストキスなんじゃないか?」 と言った。彼は少し興奮気味になる。 あの兄貴がキスなんて……! と。 そして私も驚いた。 あの和馬が、キスしたことがなかったなんて。 でも、なんで……? なんで私なんかにしたのだろう。 謎が謎を呼んでしまう……。 「私……彼に酷いことを言ってしまった。謝らないと……」 そう言い立ち上がった瞬間、彼が私の手に触れる。 「行かないで。俺じゃ……ダメなのかな。俺はもう死んじゃってるけど、俺じゃ……兄貴の代わりにはなれないのかな……。俺、自分の気持ちに真っ直ぐな笑那ちゃんに惹かれたんだ。」 驚いた。私は人生初の告白をされたのだ。 小さい頃からモテてはいた私だが、みんな“告る”とまではいかない。 なぜならみんながみんな、私と自分は釣り合わないと、そう思っていたから。 私は彼の真っ直ぐな気持ちを聞き、この告白以来彼のことを男として、意識をしてしまっていた。
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