探偵は引きこもり

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探偵は引きこもり

 桜町商店街、雑居ビルの三階に『片桐探偵事務所』はあった。  大きな事件から些末な出来事まで請け負う、その探偵事務所には日々、様々な依頼が舞い込んできた。  午後一時、その依頼人は蝉しぐれを背負うよう、騒々しく事務所にやってきた。 「だから、幽霊なんですよ」と、依頼人は唾を飛ばし、言った。「深夜の二時に毎回、目覚めるなんておかしいでしょ?肩も重いし、視線も感じるし。僕、絶対呪われてる!」 「勘違いという事は無いですか?」  片桐涼はそう言って、テーブルに置いた麦茶を依頼人に勧めた。窓の外、夏祭りの商店街は騒々しく、浴衣を着た老若男女で賑わっていた。 「勘違いじゃないですよ。心霊スポットなんかに行ったのが行けなかったんだ」  依頼人の野村正は、そう言って顔を覆った。野村は事務所の常連客で、過去に二回依頼を受けていた。一度目は“子供の頃に読んだ絵本を見つけ出して欲しい”というもので、二回目は“昔食べたお菓子をもう一度食べたい”というものだった。  些末な内容だが、片桐は絵本を探してやり、お菓子の製造元を見つけてやった。それ以後、野村は何かあると片桐に頼るようになった。懇意というより、好かれたという表現の方が正しいかもしれない。 「俺のモットーは、頼まれた仕事は必ずやり遂げること」と、片桐は言った。「でもね、これはちょっと難しい」 「そんなあ、片桐さんは優秀な探偵さんじゃないですか。殺人事件の凶器を見つけたり、ひき逃げ事件の犯人を捕まえたり、連続空き巣事件も解決したじゃないですか」 「俺は単独で調べた結果を警察に提出しただけ。俺が凄いんじゃなく、警察が凄いの」 「でも、警察に頼りにされるのが凄いですよ」と、目をキラキラと輝かせ、尚も野村は言う。「片桐さんにやれない事はないですって」 「いや、俺は一般人だし、除霊も出来ないし。そういうのはお寺の住職か、霊媒師の先生にお願いしてよ」 「霊能者に会うなんて怖いじゃないですか。なんか、水晶とかブレスレットとか買わされそうで」
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