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一部始終を話した真央の母親は困惑しきりだった。真央はピーちゃんの籠にしがみつき、静かに泣いていた。声を上げるでもなく取り乱すでもなく、ただ声も無く泣いていた。
「そんな事になってたなんて全く知らなくて」と、母親は苦笑いして言った。「この子には言い聞かせてたんですけどね。赤ちゃんとピーちゃんは一緒に暮らせないって。普段は聞き分けの良い子なんですけど」
「これで依頼人も安心します」
「ええ、ご迷惑おかけしました」母親はそう言い、頭を下げた。「新しい飼い主さんが良い方で良かったです。ほら、真央、自分からピーちゃんを渡してあげて」
真央は下唇を噛み、目を真っ赤にして籠を突き出した。大きな涙がぽろりぽろり頬を流れていく。
「いいえ、ピーちゃんは連れて行きません」片桐は言い、ポケットから紙を取り出した。「知り合いの獣医師から聞いた、ペットと赤ちゃんの共存方法です。是非、参考になさって下さい」
「どういう事です?」
「ペットと共存して暮らすって、教育に良い面もあるらしいです。情緒面でも豊かになり、アレルギーにも強い体質になる。階を分けて、住み分ける方法もありますし」
「でも、真央は納得して……」
「分かってあげて下さい。ピーちゃんは、大好きな人の傍に居たいだけなんです。だから、こんな小さな体で百キロもの距離を飛んできた」と、片桐は言った。「一度命を預けたんです、娘さんに。それを奪うのではなく全うさせる。それこそが学びだと、そうは思いませんか?」
片桐は名刺を取り出し、母親に握らせた。
「ご家族でよく話し合って下さい。それでもピーちゃんを手放すなら連絡を。今日の所はこれで失礼します」
「真央ちゃん、じゃあね」
茜はそう言い、手を振る。
真央は呆気に取られ、それからはっとしたように手を振り返す。
「ありがとう。お姉ちゃん、お兄ちゃん」
外では物憂げなミンミンゼミが鳴いていた。
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