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茜の実家に着いたのは日が暮れた頃だった。
「一年ぶりね」数子はそう言い、温かく片桐を出迎えた。「毎年顔を出してもらって申し訳ないわ。あれからもう十年は経つのに」
「年月は関係ないですよ。僕が来たいから来ているだけです」
茜は言葉もなく母親の傍に寄り添っている。その顔は切なげでもあり、悲しげでもある。
「片桐君には本当に感謝しているの。だって、片桐君の助けがなかったら犯人は今も逃げたまま。罪を償わせる事も出来なかった」
「僕は運が良かっただけです」
十年前に起った、十八歳の女性が巻き込まれた死亡ひき逃げ事故。
犯人は逃亡、警察も行方を追っていた。片桐は三年間、地道な聞き込みを続け、犯人の周辺を調べ上げ、そうして運よく潜伏先を探し当てた。片桐は偶然を装って犯人と対峙し、そうして缶ビールに付着した指紋を入手した。それが犯人逮捕の決め手になった。
片桐は仏前に正座し、手を合わせた。遺影は卒業式の日に撮った、あの写真を引き延ばしたもの。オカッパ頭の茜が、屈託もなく白い歯を見せている。
「十年なんて、本当に早いもんだな」
茜は泣いていた。言葉も交わせない母親の傍で。子供のように泣いていた。
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