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6-10.届かなかった手がようやく
1枚ずつ適正な部署に仕分けし直し、ようやく一息つく。わずか数日の留守で、どうしてここまで混乱するのか。眉をひそめて文官の育成を真剣に検討し始めた。
元からウィリアムが優秀すぎて用が足りるため、国を支える文官の自覚が部下に育たなかったのが原因だ。きちんとした手順を整備して書類の分業化を進めればいい。大量の書類を分類しながら、教育係に相応しい人物を数人ピックアップした。
命令書を手早く作って押印すると、それも各部署へ回す手はずを整える。あっという間に書類の山を崩したウィリアムは、国王の机の上を綺麗に片づけた。
「お前がいると下が育たないな」
手際のよいウィリアムに回された重要な書類に目を通しながら、エリヤは苦笑いした。思惑があって有能な執政であろうとするウィリアムだが、彼がいないと国が回らない現状は困る。押印した書類を箱の中に収めたエリヤが次の書類に首をかしげた。
手元の書類を少しずらして内容をさっと確認し、文官に指示を出すウィリアムの手が空くのを待つ。
「ん? どうした」
文官が全員下がったところで、視線に気づいたウィリアムが振り返る。2人きりの執務室で気取った執政の口調は消え、普段通りの言葉遣いで後ろ側に回りこんだ。エリヤの手にある書類を後ろから覗き込み、やはり怪訝そうな顔する。
催促する申請書類だが、この文面を見るとその前に申請が一度届いているはずだ。しかしエリヤもウィリアムも心当たりがなかった。しかたなく担当する部署の文官を呼び寄せようとしたウィリアムが顔を上げたところに、エイデンが飛び込んでくる。
「エイデン、ノック位……」
「これ、大事件だよ」
魔女から齎された情報は、アスター国とシュミレ国の間に位置する細長い緩衝地帯の砦に関する状況だった。アスター国からの攻撃に対して反撃した砦の部隊が、増援を求める申請だ。最初の申請に返事がないため、中央で何か起きたのでは……と砦内が疑心暗鬼に陥っていた。
情報を武器に戦う魔女ドロシアにとって、多少の混乱は情報の価値が上がるので美味しい。しかし国境警備部隊が揺らげば、砦が放棄される可能性もでてくる。それは彼女にとって不利益だった。そのためエイデンを通して警告を発したのだ。
「最初の申告書を誰かが握りつぶした?」
裏切り者の存在を疑うウィリアムに、少年王は淡々とした口調で命じた。
「詮索はあとだ。砦に今すぐ増援を出せ」
「かしこまりました」
一礼したウィリアムに、エイデンが慌てて腕を掴んで引き留める。振りほどこうとした執政の動きに、少年王もエイデンの懸念に思い至った。後ろで結んだウィリアムの長い髪が背で揺れる。
「待て、ウィルはここに残れ」
「……陛下」
愛称で呼んだ国王に対し、ウィリアムは肩書で返した。公的な立場で判断しろと促されても、ケガ人を派遣する判断は出来ない。それが国にとって重要な立場の人間ならば余計に、小さな砦の問題で失うわけに行かなかった。
蒼い瞳が不安に揺れ、青紫の瞳を正面から射抜く。子供の独占欲や我が侭ではなく、国のトップとしての決断を口にした。
「ダメだ。お前は動くな」
きっぱり命じるエリヤに、困った顔を見せるウィリアム。膠着状態の執務室にノックの音が響く。衛兵が告げた名はチャンリー公爵で、すぐに開かれた扉から従兄弟がラユダを連れて入室した。
「やはり揉めていたか。俺が出よう」
「チャンリー公爵家当主ショーン、貴殿に増援部隊の指揮を命じる」
「承知した」
許可を得るために顔を見せたショーンは、ウィリアムの肩をぽんと叩いて声をかける。
「今回は俺が出る番だ」
一礼するラユダを従えて悠々と去っていくショーンの背を見送り、ウィリアムは苦笑いした。エイデンも同じだが、彼らは意外と過保護だ。この程度のケガで動けなくなる男じゃないと知るから、先手を打って「手柄を譲れ」と言いに来た。
出陣の準備を手伝うべく、ウィリアムとエリヤは新たな書類を複数作成して、砦の援護に必要な物資の計算を始める。隣で書類作りを手伝うエイデンが、時折邪魔をするように休憩を挟む。
強制的に休ませないと倒れるまで働く国王と執政のストッパーとして、彼なりの役目を果たしながら夜が更けていった。
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