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二〇三〇年、八月。
「OPEN! THEDOOR!」、「OPEN! THEDOOR!」という声が、米国サウスダコタ州の感染症研究施設で轟いた。
それも、あちこちの部屋で――数十人の人間が「OPEN! THEDOOR!」と、叫び、収拾がつかない事態へと発展していった。
米国政府の判断で、施設内は生物災害の疑いで閉鎖されており、勤務していた研究スタッフごと隔離したのだから無理もない。施設内はパニックになっており、冷静さを保っているのは、わずかな人々だけだった。
マーサ・ヘンドリックスは血まみれのメスを右手に持ち、「大丈夫、殺しやしないわ、少し血を流せばいいのよ」と、同僚のマイケル・フェンに微笑みかけた。
マーサは美形と言ってもいい容姿に恵まれており、これが普段と変わらない日常なら、とても魅力的な笑顔だったが、この状況では、ただ恐怖心をあおるだけだ。
マイケルは震え声で、マーサに警告した。
「ふざけるなよマーサ、あと一歩でも近づいたら、顔に痣を作るくらいじゃ済まさないぞ、これは本気だからな!」
そのときだ。
研究チームのチーフ、デビッド・グラハムの冷静な声がミーティングルームに響いた。
「まて、マイケル、マーサに手を出すんじゃない!」
デビッドは先ほどマーサに腹のぜい肉を親指ほど削ぎ落されたところで、白衣を血に染めたまま、床に倒れていた。
それを聞いてマイケルは、「大丈夫ですか? デビッド!」と、声をかけた。
「ああ、腹のところがズキズキするが、なんとかな」
そう答えたデビッドはマーサに「もう、そのメスを使うんじゃない。不衛生だ! 感染症の恐れが出てくる! やるなら煮沸してからにしなさい!」と、注意した。
すると、マーサはマイケルに謝った。
「やだ、わたしったら、うっかりしてたわ、ごめんさい。それもそうね、これじゃ不衛生だわ、マイケルが嫌がるのも無理ないわね」そう言うと、もう一本新しいメスを白衣のポケットから取り出した。
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