プロローグ

2/4
前へ
/25ページ
次へ
 二〇三〇年、八月。   「OPEN! THEDOOR!」、「OPEN! THEDOOR!」という声が、米国サウスダコタ州の感染症研究施設で轟いた。  それも、あちこちの部屋で――数十人の人間が「OPEN! THEDOOR!」と、叫び、収拾がつかない事態へと発展していった。  米国政府の判断で、施設内は生物災害の疑いで閉鎖されており、勤務していた研究スタッフごと隔離したのだから無理もない。施設内はパニックになっており、冷静さを保っているのは、わずかな人々だけだった。  マーサ・ヘンドリックスは血まみれのメスを右手に持ち、「大丈夫、殺しやしないわ、少し血を流せばいいのよ」と、同僚のマイケル・フェンに微笑みかけた。   マーサは美形と言ってもいい容姿に恵まれており、これが普段と変わらない日常なら、とても魅力的な笑顔だったが、この状況では、ただ恐怖心をあおるだけだ。  マイケルは震え声で、マーサに警告した。  「ふざけるなよマーサ、あと一歩でも近づいたら、顔に痣を作るくらいじゃ済まさないぞ、これは本気だからな!」  そのときだ。  研究チームのチーフ、デビッド・グラハムの冷静な声がミーティングルームに響いた。  「まて、マイケル、マーサに手を出すんじゃない!」  デビッドは先ほどマーサに腹のぜい肉を親指ほど削ぎ落されたところで、白衣を血に染めたまま、床に倒れていた。  それを聞いてマイケルは、「大丈夫ですか? デビッド!」と、声をかけた。  「ああ、腹のところがズキズキするが、なんとかな」  そう答えたデビッドはマーサに「もう、そのメスを使うんじゃない。不衛生だ! 感染症の恐れが出てくる! やるなら煮沸してからにしなさい!」と、注意した。  すると、マーサはマイケルに謝った。  「やだ、わたしったら、うっかりしてたわ、ごめんさい。それもそうね、これじゃ不衛生だわ、マイケルが嫌がるのも無理ないわね」そう言うと、もう一本新しいメスを白衣のポケットから取り出した。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加