最終章 未来

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 次にオレは、母の親友だった中井(なかい)正美(まさみ)さんという方のお宅を訪ねて、こんな話を取材した。  女学校二年の春、テニスを辞める前の母は、下校の時にこう話していたらしい。  「つまらん、つまらん、この時代って、ほんにつまらんわ!」   つねづね、こう母は、ぼやいていたという。   正美さんが「なにがぁ」と、聞くと、母は、「だって、わたしらの世代は、人生がこれからって時に石油がないとか、公害とかなんやらで苦労するがよぉ! 前の世代の尻拭いじゃ、こんな不公平ってないがぁ!」  「しょうがないきぃ」正美さんが答えると、母は得意げに高笑いして、こう言ったらしい。  「ふふん、それがそうでもないがよ」  「なんよそれ」  「タイムマシンがあるんじゃ」  「はあ? タイムマシン?」  「そう、一度、未来へいったら戻れんき、でも、こんな世の中に未練はないわ、うちは別世界で暮らしてみたいきに! そこで楽しく生きるがじゃ!」  ここまで話して正美さんは、「タイムマシンちゃ聞いて、びっくりしました。だってそんな夢物語を言い出す子に思えんかったきに」と笑った。  しかし、その時は母から「まさちゃん! もう会えんようになるけど、元気でね!」  そう言われて、つい涙を浮かべたという。冗談に決まっているのに。  翌朝、母はケロリとした顔で登校してきたらしいが、なんだか雰囲気が変わり、二学期から疎遠になってしまったらしい。  これを訊き、オレは(近藤久恵と母がすりかわったとしたら、その時かもしれない)  そう思った。  《生みの母》は、おそらく空想科学小説を読み、やがて身体を別人に奪われる運命を《絶望》ではなく《希望》に変えたかもしれない。そうやって運命を受け入れたんだろう。  オレの頭の中で、宮司の声が再び響く。  《乗っ取られた娘は、また別の娘を襲って乗っ取ってしまうんです……》   考えれば、自分よりもっと若い誰かになれば未来で暮らすことになる。   (だが次に狙われるのは? まさか!)   オレの娘と入れ替わろうとしているのだ! そうに、違いない!   「どうかしましたか? 顔色が真っ青ですが?」   心配してくれた正美さんに、「いえ、べつに――大変、貴重な、お話を聞かせていただき、ありがとうございました」と、お礼を言って、そのまま東京へ帰還した。    のんびり取材旅行などしている場合じゃなかった。
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