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一方そんな心配をよそに家族は呑気で、この春に高校一年になった娘の美香(みか)など、すっかり母を慕っており、今日も一緒にでかけている。
世間的には仲の良い祖母と孫。
だが、どうも気になる。以前なら娘は厳格な母を避けていたのだ。いや正直に言おう。無闇に自分の母親が怖くて仕方ない。異界の何者かに変じてしまったと表現すればいいのだろうか? とらえどころがない不安がオレを責めてくる。
だが他人はもちろん、妻にさえこんな悩みを相談できない。 笑われるか、きっと正気を疑われてしまうだろう。
ある日、夕食を終えたあとで母に言ってみた。
「母さん、ちょっと聞きたいんだけど」
娘は二階の部屋に行っている。妻は風呂だ。
「なに?」
「母さんの誕生日はいつだった?」
「え? なんで訊くの?」
「ほら、独身時代に生命保険に入ったじゃない。受取人が母さんのまんまになってるから、そろそろ変更しておこうと思うんだよね」
「え? そんなことしてたの?」
「してたさ、覚えてない?」
「さあ?」
首を捻る。
それもそのはず、そんな保険など加入していない。
「で、手続きに母さんの生年月日がいるんだよ」
「昭和十七年三月十五日」
「え?」
「西暦なら一九三五年だね」
母はこともなげに答えた。
「どうしたの?」と、ビックリしたオレに訊いてくる。
「なんでもない」
なんとか平静を装って答えたら、「やだ、まだまだボケちゃいないわよ、失礼しちゃうわね」頬を膨らませると、自分の部屋にしている座敷に引っ込んでしまった。
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