第一章 疑惑

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 その態度、まるで父親に反発する女子高生のように見えるが……。  気になることがもう一つだけある。  どうかすると母は美香をじっと見ている時があるのだ。  そんなときの母は獲物を狙う猛禽(もうきん)のように情け容赦ない表情になる。  そんな冷酷そうな顔は、息子のオレでさえ見せたことはない。  妻によると、これは美香も気がついていたらしく、「おばあちゃん、なんだか時々、わたしをおっかない顔して睨むんだよ」  そう愚痴(ぐち)ったことがあったそうだ。  「やっぱ、アレがばれたのかな?」と、美香は心配する。  娘は去年、デパートで魔がさして有名な白猫のキャラクターのストラップを万引きしたことがある。  デパート側に平謝りに謝って代金を支払い、学校にバレずにすませて母には余計な心配をかけないようにしたのだが、どうも理由は違う気がする。  なぜなら母は娘を睨むと、すぐに左右に首を振り、なにかしら躊躇(ためら)うような態度をとるのだ。もし万引きの件を知ったなら即座に娘を叱っているだろう。  だが、しかし。  (父を亡くしてから心機一転、生き方を変えてみようと思ったんだろう)もしくは、(父親にあわせて自分を押さえつけていたかもしれないじゃないか)とも思うのだ。  オレは独身時代の母を知らない。  旧姓を捨てて、父に嫁いだのは母が二十一歳で父が二十九歳の頃だ。  八つ違いだが、息子の目から見ても仲が良い夫婦だった。  いつだったか、生前父と酒を飲んでいたら、母とのなれそめを話してくれたことがある。  なんだか安っぽい恋愛小説みたいだが、父が教師として母が在学している女学校に就任したのが始まりだという。  その前は? 知らない。  少女時代の母も、女学校時代の母も、知っているつもりで過去をなにも知らない。  だが最近、偶然にもそれを調べるチャンスに恵まれた。雑誌で、夏に向けて『怪奇特集』をやるために、四国まで《憑き物》の取材する予定になっているのだ。
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