第一章 疑惑

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 大学の後輩、笹屋(ささや)なんかはオリンピックの裏話を集めにもっか奮闘中にもかかわらず、なにやら怪しい都市伝説を採取してるしてるようだ。  先ほどもデスクの受話器を取って、「ええ! 住職のところから例の計画書が盗まれたって!」なんて、めずらしく驚いた顔をするから、「なんかトラブルか?」と、心配してやったら、右手で頭を掻いて、「へへへ、この間の取材で、お世話になったお先でちょっと」と、あきらかにごまかしてきた。  「そうか? ツラが青いぞ」  そうからかったら、面目なさそうな顔をして、「それより、先輩は怪談特集ですか? うらやましいな」なんて、わざとらしく話題を無理やり変えようとしやがる。  こういうところはまだまだ未熟だ。  でも「それでいんだ」と、ほめてやりたい気分だった。担当した仕事のトラブルで、すぐ先輩を頼るような奴は、この業界に向いてない。  ペイペイの時は「ほんと、こいつ、この業界で食えるかな?」と、思えるほど頼りなかったが、今やちょっとした凄みを感じることもある頼もしい後輩に成長している。  「なら交代してやろうか、オレがオリンピックのネタを担当してやるよ」と、言い返してやったら、わざとらしく腕時計を見て――  「おっと、次の取材先と落ち合う時間だ! じゃあ、先輩、お気をつけて!」なんて、聞こえないふりして退散していきやがった。  それはさておき、四国はお遍路廻りが有名だが、犬神などの伝説が多く、高知県には陰陽道として伝承される《いざなぎ流》があり、《憑き物おとし》を請け負うという。  オレは即座に、母の実家の農家を継いでいる伯父へ連絡して取材を申し入れた。  雑誌の取材にかこつけて母の過去を調べるつもりだったのだ。  母の実家は糸(いと)万里(まり)にある。阿波踊りで有名な徳島県と高知県の県境にある小さな町で、他になにもない田舎町だ。
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