末日とついたち

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末日とついたち

 8月は、多いから、つらい。  傍らで香箱を組む、黒猫が言う。  「自分で終わらせてしまう、若者が多くて、胸がいたくなる」と私を見上げ、付け加える。  濃い緑色の眼に、自分がうつった。  後ろに建つ校舎が、透けて見える。  あそこでされていたことを思いだし、気分が悪くなる。  行きたくなくて、消えてしまいたくて、私は……。  そうだ、ひとりで、カッターを出して……。  じわじわじわじわ、じわじわじわじわ。  左手首が熱く、痛くなってくる。深く切ったから、どくどくと血が出ている。  会いたくなかった。  あんな奴らと、顔を合わせたくなかった。  家から出るときまで、会わないようにとびくびくして過ごした。  もう、何もかもうんざりだった。 「まだ間に合うから、どうか戻って」  優しく、諭すように黒猫が言う。 「嫌だ」  首を横に振り、私は黒猫の隣にうずくまる。 「どうして」 「戻りたくないからよ」 「早すぎる」 「そんなことない」 「なんで」 「なんでも」 「どうして」 「なにもかも嫌なの、だれも聞いてくれないわ。みんな、私のことなんて」 「……違う」  ふい、と黒猫は起き上がり伸びをすると、遠くを見つめた。  私の名前を呼んでいる声が、びょうびょうと啼く風に負けじと、聞こえている。  かすかながらも、何度も、聞こえてくる。 「まだ聞こえているなら、戻ったほうがいい。どうか、早すぎることを選ばないで」  見たくないんだ、悲しいから。  黒猫の眼が、すずをはったように光っている。  泣いているのだろうか、と思った。  猫は好きだが、飼ったことはない。  このように、人を諭し、促す生き物だったかしら。  まっすぐな眼差しに、私はうなずいて、ゆっくりとニ、三度、小さい頭を撫でた。  よかった、よかった。   泣きはらした目をした母が、私を見下ろしている。  自分の部屋とは違う真っ白な天井と、アイボリー色をした、ひらひらと心もとないカーテン。  ピリピリと、左腕にひきつるような痛みが走る。  お母さん、今日は、何日?  かすれた声で、母に問う。  9月1日よ、あなた、部屋で倒れていたのよ。  思いつめていたのに、わかってあげられなくて、ごめんなさい。  白いベッドに横たわる私を抱きしめ、母が詫びた。  カーテンの隙間から、青い空がのぞいている。      
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