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「どうして、その、紅星君はいなくなったんだと思う?」
「それは、僕を守って」
「ああ。そうだ。いつものように君を守ろうとした」
男の人は、僕の言葉に合わせるように言う。それが、どうにも空々しい。その理由は解っている。彼は紅星の存在を信じちゃいない。だって、それは僕が作り出した、僕の中にしかいない、もう一人の僕らしいから。
「だが、彼はやり過ぎた。それは解っているな?」
「――うん。目の前が真っ赤だったから」
「そうだ。君をイジメていた同級生をナイフで刺し殺した。それも五人も。全員、ずたずたに切り裂かれて死んでしまった」
「ああ。そう、そうなんだ」
僕は心臓を鷲掴みにされた気分だった。そして、残っているはずのない、本当に紅星がいたら残っていないはずの、ナイフが身体の中にすっと入り込む感覚が蘇る。頬を濡らした鮮血の感触が戻ってくる。
無心に同級生たちを刺し続けた。その感覚が、否応なく戻ってくる。
「そしてそれは、紅星という人格になっていた君が起こしたことだよ。君は生まれた時から、あまりに不幸だった。それを、乗り越えようとして」
「止めろっ!!」
男の人の言葉を、僕は全力を振り絞って叫ぶことで止めた。男の人は、ふうっと溜め息を吐く。
「――俺が来るのは今日が最後だ。君の状態から、法的責任が問えないことは明らかだからな。その、ちゃんと治せよ」
男の人、僕を捕まえた刑事は、そう言って悲しそうな顔をこちらに向けた。それは、今まで僕を見たすべての人が向けてきた目で、それが無性に悲しかった。
「解ってる」
今なら解る。僕は知らない間に蒼星という人間と紅星という人間の間を行き来していた。だから、あんな変な目で、汚いものを見る目で見られるのだ。
「――」
刑事が去った後、僕は覚悟を決めた。ベッドを降り、鉄格子の嵌った窓に、布団からはぎ取ったシーツを括りつける。そして後は、自分の首に巻き付けるだけ。
「僕は、僕こそこの世にいるべきじゃないんだ。紅星、戻っておいでよ」
そう言って眠ったのが最後、その後の記憶はない。ただ、遠くに紅星が笑う声を聴いた気がする。それだけだった。
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