第10話

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「はぁぁ〜、なんか俺よりたつきくんの方がずっと賢い…やっぱりαってすごい…」 あれから、落合は龍樹が取り組んでいた英語の課題を手伝うと申し出てきた。 担当教科は違うものの、大学で英文もしっかり学んだという落合に課題を見てもらったのだが、途中でかなり難解な一文にぶち当たり、2人でああでもないこうでもないと悪戦苦闘した末に、落合は項垂れた。 「別にαとかあんまり関係ないと思いますけど」 「いーや、ある!少なくとも俺がどんなに頑張ったって、たつきくんより良い和訳はできない!」 ちくしょー、と頭を掻く落合は本気で悔しそうだ。 再びブツブツ言いながらテキストに向かう落合は、元来学ぶのが好きなのだろう。 Ω差別反対運動が盛んとはいえ、まだまだΩは社会的に不利だ。 発情期があるせいで、コンスタントに働くのが難しい場合がある。就業中に発情期を迎えたりしたら、それこそ騒ぎになりかねない。 そんな中で、Ωもαも通う種に寛容な学校とはいえ、教師を生業にするのは大変だっただろう。 龍樹は素直に感心した。 「…どーでもいいけど字汚すぎ」 「ちょ、人が気にしてることを…」 比較的整った龍樹の字の横に、まるで小学生が書いたような歪な文字たち。教師、取り分け国語系の教師は字が綺麗なイメージがあった龍樹はそれが意外で、失礼だとは思ったが少し笑ってしまった。 すると落合の大きな瞳がより大きくなったのを見て、龍樹は訝しげに眉を顰めた。 「なに」 「笑った…」 「は?」 「笑った!」 かと思えばまるで子どものようにはしゃぎ出す。 目まぐるしく変わる落合の表情に、龍樹は若干置いて行かれていた。 「笑ったって、あんた俺を何だと思って…」 「ご、ごめん、でも嬉しくて」 なんだかこちらが居た堪れない。 そんなに自分は愛想がなかったかと思ったが、そういえばこの人とまともな会話をすることすら初めてだったと思い直した。そう思うと、少し申し訳ないとさえ感じる。 教師と生徒として接していれば、普通にいい先生じゃないかと。 「たつきくんが笑ってくれるなら俺、字汚いままでいいや」 「それはどうかと」 「うっ…」 今度は大げさなほど落ち込んで見せる。 表情がくるくる変わって、子どもみたいだ。 年上の男、それも先生という立場の人間に対して言うことではないが、見ていて微笑ましい。考えなし、というよりは、素直なのだろう。 この数時間で落合に対する認識が物凄い勢いで変動しているのに、気付かないふりをした。 もう季節は夏に入りかけている。 じっとりと蒸し暑い気候は不快でしかないが、隣にいる落合が半袖ではあるもののきっちりネクタイを締めたままだったので、暑いと愚痴をこぼすのも悪い気がして、龍樹は制服のタイを解いてポケットに無造作に突っ込むとシャツのボタンを開けた。 すると、隣からやけに視線を感じて。 見れば落合がじっとこちらを見ていたようだが、龍樹が視線に気付いたことを知ると、バッと勢いよく顔を逸らした。 その頬はほんのり赤い。 「…あの」 「待ってダメ何も言わないで!」 そう大声で制されてしまえば龍樹は黙るしかない。 落合は大きく深呼吸すると、少し涙目になってそっと龍樹を見上げた。 そして言葉に詰まったように視線を少しだけ泳がせて、その後、遠慮がちに口を開く。 その姿は、例えるならそう、叱られるのを覚悟で悪戯を告白する子どものよう。 しかしそんな子どものような仕草とは裏腹に涙の溜まった目尻が赤くなっていて、それが妙に煽情的で、龍樹は目が離せなかった。
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