第11話

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「…みずきくん、どうしたの?」 「あ、俺のこと覚えててくれたんですね」 小首を傾げながら微笑む姿はとても可愛らしい。 以前のような冷たい瞳を向けられているわけではなく、とても好意的だというのに、一体なにに怯える必要があるのか。 にこにこと微笑みながらゆっくりと近付いてくると、ふんわりとフェロモンが漂ってくる。 龍樹とは違う、αのフェロモン。 (ああ、そうか) 双子の兄弟。 それにα家系だと言っていた。 この前は気付かなかったが、目の前の彼もまた、Ωの自分を支配する側の人間なのだろう。 そう思うと、この漠然とした恐怖にも納得がいく。 「先生さ、毎日毎日放課後どこ行ってるんですか?」 「…え?」 「いつも職員室にいないって」 落合はぽかんと口が開いた。 何を聞きたいのだろう。 落合は1年生しか教えていないので、水樹とはほとんど会う機会がない。実際会ったのは、まだ2回目。 図書室にいる、と一言答えればいいだけの質問なのに、なぜか答えるのを迷われる。折角の逢瀬を邪魔されたくないのももちろんあるが、それ以上に、自分の動向を知られるのが怖かった。 落合も、龍樹だからこそ簡単に許してしまったものの、親しくないαにほいほいついて行ったりするほどバカではない。 そんなことをしていては身が持たない。 とは言えここで答えないのは不自然だ。 嘘を吐いたところですぐにバレるだろう。 龍樹が図書室に入り浸っていることなんて、兄であるこの子はきっと知っている。その龍樹に、まさか下心ありありで近付いているなんて。 そしてふと思う。 一目会いたいと思う気持ちは、下心になるのかな、と。 口籠るしかない落合に、水樹はとうとう痺れを切らした。 「やだな、言えないようなところにいるの?」 「や、その…」 言えないようなところにいるのではなく、言えないような目的を持っているなんて。 時間が経てば経つほど不審だ。 わかっているものの、時間が経てば経つほどどうしていいかわからなくなる。 水樹の顔を直視できない。 漂ってくるαのフェロモンが怖い。 重苦しい空気が漂って嫌な汗が背中をつたう。こんな状態では何を答えたって嘘に聞こえるかもしれない。 情けないことに涙さえ浮かんできた時。 「佐々木が課題出したいのに会えないって」 「へ?」 「だから佐々木が会えないって」 佐々木って誰だっけ。 あ、デジャヴ。 確か水樹と初めて会った時も、当たり前のことを疑問に思ったのを思い出した。 あの時はそう、龍樹が双子と聞いてショートしたんだっけ。 佐々木と言う名の教え子は1人いる。 どうしようもないくらい漢字が苦手で、お前は小学生かと言いながら特別に課題を出した生徒だ。 「佐々木くんと、知り合い?」 「部活の後輩です。あいつ、どーしようもないくらいバカでしょ?」 ふふ、と笑うその顔に先の威圧感はない。 ころころ変わるその表情は年の割に幼く見えて、そしてやっぱりこの子かわいいと思うのだった。 しかし、だからこそその笑顔に油断してしまう。 「このあと部活で会うからさ、伝えておきますよ」 「あ、そうだね!ありがとう…」 あれ。 「いつも放課後は第2図書室に…」 「へぇ、現国でしたよね?やっぱ本好きなんですか?」 なんか。 「うん、ここの図書室広くていいよね」 「俺ほとんど行ったことないなぁー…龍樹は本ばっかりだけど俺はさっぱり」 これは。 「うん、龍樹くんいつもいるよ、すごい本好きなんだなって」 「知ってるよ」 もしかして。 「龍樹が図書室に行ってるのなんて、知ってる」 やっぱり。
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