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「…みずきくん、どうしたの?」
「あ、俺のこと覚えててくれたんですね」
小首を傾げながら微笑む姿はとても可愛らしい。
以前のような冷たい瞳を向けられているわけではなく、とても好意的だというのに、一体なにに怯える必要があるのか。
にこにこと微笑みながらゆっくりと近付いてくると、ふんわりとフェロモンが漂ってくる。
龍樹とは違う、αのフェロモン。
(ああ、そうか)
双子の兄弟。
それにα家系だと言っていた。
この前は気付かなかったが、目の前の彼もまた、Ωの自分を支配する側の人間なのだろう。
そう思うと、この漠然とした恐怖にも納得がいく。
「先生さ、毎日毎日放課後どこ行ってるんですか?」
「…え?」
「いつも職員室にいないって」
落合はぽかんと口が開いた。
何を聞きたいのだろう。
落合は1年生しか教えていないので、水樹とはほとんど会う機会がない。実際会ったのは、まだ2回目。
図書室にいる、と一言答えればいいだけの質問なのに、なぜか答えるのを迷われる。折角の逢瀬を邪魔されたくないのももちろんあるが、それ以上に、自分の動向を知られるのが怖かった。
落合も、龍樹だからこそ簡単に許してしまったものの、親しくないαにほいほいついて行ったりするほどバカではない。
そんなことをしていては身が持たない。
とは言えここで答えないのは不自然だ。
嘘を吐いたところですぐにバレるだろう。
龍樹が図書室に入り浸っていることなんて、兄であるこの子はきっと知っている。その龍樹に、まさか下心ありありで近付いているなんて。
そしてふと思う。
一目会いたいと思う気持ちは、下心になるのかな、と。
口籠るしかない落合に、水樹はとうとう痺れを切らした。
「やだな、言えないようなところにいるの?」
「や、その…」
言えないようなところにいるのではなく、言えないような目的を持っているなんて。
時間が経てば経つほど不審だ。
わかっているものの、時間が経てば経つほどどうしていいかわからなくなる。
水樹の顔を直視できない。
漂ってくるαのフェロモンが怖い。
重苦しい空気が漂って嫌な汗が背中をつたう。こんな状態では何を答えたって嘘に聞こえるかもしれない。
情けないことに涙さえ浮かんできた時。
「佐々木が課題出したいのに会えないって」
「へ?」
「だから佐々木が会えないって」
佐々木って誰だっけ。
あ、デジャヴ。
確か水樹と初めて会った時も、当たり前のことを疑問に思ったのを思い出した。
あの時はそう、龍樹が双子と聞いてショートしたんだっけ。
佐々木と言う名の教え子は1人いる。
どうしようもないくらい漢字が苦手で、お前は小学生かと言いながら特別に課題を出した生徒だ。
「佐々木くんと、知り合い?」
「部活の後輩です。あいつ、どーしようもないくらいバカでしょ?」
ふふ、と笑うその顔に先の威圧感はない。
ころころ変わるその表情は年の割に幼く見えて、そしてやっぱりこの子かわいいと思うのだった。
しかし、だからこそその笑顔に油断してしまう。
「このあと部活で会うからさ、伝えておきますよ」
「あ、そうだね!ありがとう…」
あれ。
「いつも放課後は第2図書室に…」
「へぇ、現国でしたよね?やっぱ本好きなんですか?」
なんか。
「うん、ここの図書室広くていいよね」
「俺ほとんど行ったことないなぁー…龍樹は本ばっかりだけど俺はさっぱり」
これは。
「うん、龍樹くんいつもいるよ、すごい本好きなんだなって」
「知ってるよ」
もしかして。
「龍樹が図書室に行ってるのなんて、知ってる」
やっぱり。
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